道端に等間隔に立てられている街灯が乳白色の柔らかい灯りを点している。夜闇を掻き消すほどではないが、歩く人間に程々の安心感を与える程度の明るさを歩道に保ち続けていた。その光が車道に対して大きく斜めに10数人分の影を投げかける。 ミッターマイヤーを真ん中にして、子供達が集団で歩いていた。暗くなってしまった事もあり、安全を鑑みて集団帰宅となったのだった。帰宅路の都合上、途中でミッターマイヤーは別れる事になるが、その後は責任を持ってケネスが全員を送り届ける。最後の子達とそれ程家の距離がある訳でもないため、それがケネスの常だった。 「――軍人さん、訊いてもいいですか?」 「ん?」 ちょこちょこと隣に走ってくる、ニール程の年頃の子がミッターマイヤーを見上げて言った。ミッターマイヤーは視線を下にやる。ミッターマイヤーは軍服の上着を首で止めてマント状態にし、本来のマントは手に持ったまま歩いている。どう見ても元帥とは思って貰えない格好だった。 「フェザーンは帝国領になっちゃったんですよね」 「うん、そうだね。でも、建前上は今までも帝国領だったんだ。その建前が実質的なものまで埋め合わせただけに過ぎないよ」 子供に対してミッターマイヤーは柔和な表情を絶やさない。折角心を許してくれているのだから、このような話になっても納得して貰うように話したかった。 「――でも自治領主はいなくなったし、皇帝がそのまま統治するんでしょ?僕らフェザーン人は政治に関われないのかなあ」 独りの子供の問いを皮切りに、ミッターマイヤーに質問がやってくる。それに対してミッターマイヤーは相変わらず微笑んで答えた。 「現在の皇帝陛下は名君だと思うよ。君達は陛下の御判断を仰げばいいんだ」 「うん、うちの父親も商売上は進駐前と全然変わってないらしいし、むしろ儲け話があるみたい。何て言ってたっけ…自由経済?」 「そうだね。陛下はフェザーン人の経済活動に基本的には干渉しないと思う。経済統制などしたら日常レベルの生活に困るのが目に見えている。民衆を困らせるなど統治者として失格だし、陛下もそれはお判りだろう」 これは、ミッターマイヤー自身が進駐した際に心に決めていた事でもある。だからそれを繰り返す。子供にも理解出来るよう、平易な言葉で語るよう心掛けた。 「あの…ラインハルト陛下って、よく戦争するんでしょ?」 と、そんな質問まで出てきてミッターマイヤーは苦笑する。子供っぽい発想だと思った。しかし、その後に続いた台詞に、彼は立ち止まる。 「――僕達も徴兵されるのかなあ――?」 ………何気ない台詞のように聞こえたが、それは大きな問題であるように、その場にいた全員には思われた。だから、誰とはなく足を止め、結果的に歩道を大人数で占拠する形になってしまう。――とは言え帰宅の途についた子供も既に数人いるため残っているのは8人程度で、この歩道を通る人間は他には見当たりそうにはなかった。 ミッターマイヤーは片手を頭に伸ばした。そのまま、蜂蜜色の髪を掻き回した。生乾きのまま夜を迎えたため、少々冷気を帯びてしまっている。手の間に冷たい髪が入り込み、彼の目を覚まさせる。 そして彼は溜息をついた。マントを持ち直す。そして目を軽く伏せ、口を開いた。 「――これは私の持論だ。陛下のご意見ではないし、帝国政府の意向でもない。独りの軍人としての意見だ。それを理解して聞いて貰えるかな?」 ミッターマイヤーはそう言って瞼を上げると、子供達が軽く頷いたり声を出して賛意を示したりしていた。彼らの表情は真剣で、ミッターマイヤーは何だか嬉しくなる。と同時に下手な答えは出来ないなと思った。もっとも、持論を変更するつもりもなかった。 彼は頷き、足を一歩踏み出す。革靴が静かな歩道に硬く澄んだ音を立てる。子供達も彼に従い、歩みを再開する。 「――徴兵制と言うものは、基本的には兵力を数で補うものだ。その質は殆ど関係ないし、そもそも質を求められる人材は自分から士官学校に行く。では何故徴兵制があるのかと言えば、戦争や侵略の危険性があるからだ」 150年、帝国と同盟は戦争を行ってきた。そしてミッターマイヤー自身もその最前線で戦ってきた。無意味な戦いばかりだったとは思えないが、徒労に終わる戦いも多かったのが正直な所だ。 「逆に言うならば、戦争の脅威がひとまず去って行ったなら、徴兵制が形骸化する可能性が出てくる。そして今、新帝国は同盟を追い詰めつつある」 そこまで述べ、ミッターマイヤーは子供達を見回した。静かに聴いていたらしい子供達は、黙っていた。ケネスと視線が合う。するとケネスはミッターマイヤーを上目遣いで見ながら口を開いた。 「――つまり、もうじき戦争はなくなる?」 「そうなるといいね」 「同盟を滅ぼしてしまえば、もう帝国に攻めてくる連中もいないって事か?」 「厳密に言うなら、宇宙海賊の討伐もあるし、叛乱が発生する可能性もある。だから徴兵制はなくならないかもしれないし、志願制に移行するかもしれない。どちらにせよ、軍人と言えどもすぐ出兵する事はなくなるんじゃないかと、私は思っているし、願っている」 一言ずつ文節を区切るかのように、はっきりとミッターマイヤーは口に出していた。本当に願望だった。 「こんな風に戦争三昧で妻の下にもなかなか帰れやしない――そんな生活は、私の代で終わりにしたいと思っている。君達が徴兵される時期には、徴兵なんて大学に行く程度の出来事になっていればいいと思うし、そうなるように私は努力すべきなんだ」 それは、優しい声だった。 この目の前の軍人は、本当にそれを願っているのだと、子供達の心に染み込んで来た。 ミッターマイヤーは独りの軍人として、持論を話した。が、実際問題として彼は帝国軍三長官のひとりであり、帝国元帥である。だから、臣民に平和を与えるよう尽力すべきであり、そのために自分はこの地位にいるのだと思っていた。 ――実際に戦う大人のみならず、子供にまで不安を与えていい訳がない。 その現状を打破したかったし、新帝国開闢が実現した今、それは打破しつつあるはずであった。 しばしの沈黙の後、ケネスが口を開いた。真っ直ぐにミッターマイヤーを見上げている。 「――あんた、本当にいい人なんだな」 その頬は紅潮しきっている。感動している様子であり、まるでオーディンの子供が元帥を見上げる状況にも似ていた。ミッターマイヤーはケネスに笑いかける。 「あんた見てると判るよ。他の軍人みたいに口先だけじゃなくて、本当にそれを実行してくれそうだ」 「ありがとう」 「徴兵されて戦争に行くのは確かに嫌だけど、あんたみたいな上官にならついて行ってもいいかなと思うよ」 「…私も君のような部下がいたら心強いけど、本当に君が徴兵される時期には戦争がなくなっているといいね」 軽くミッターマイヤーは頷いた。周りの子供達も、ケネスのように憧れの視線でミッターマイヤーを見上げていた。色々な足音がミッターマイヤーの靴音に紛れてついてくる。 |