子供を自宅付近にまで送ってやりケネスと一人の子供を残した時点で、ミッターマイヤーは彼らと別れる事となった。それぞれに挨拶を行い、握手をする。子供の熱い体温がミッターマイヤーの手を暖かくさせた。
「――あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
 不意にケネスはそんな事を言い始める。別れの挨拶を行い、歩みを進めようとしていたミッターマイヤーは足を止めた。ケネスに先を促した。
「俺達、あの公園でそんなに遊んでる訳じゃないんだよね。今回はグラウンドが空いてなかったから久し振りに遊びに行っただけでさ。まあ、そんな時にあんたに出会うんだから、運命って判らないけど」
 傍の白色灯が微かに明滅している。寿命が近いのだろう。――明日には連絡しておくかとミッターマイヤーは思った。ともかくその明滅でミッターマイヤーの蜂蜜色の髪と、ケネスの金髪が淡く輝く。
「――ヴィンセントって奴がいるんだ」
「…ヴィンセント?」
 唐突な名前に、ミッターマイヤーはオウム返した。ケネスは手を挙げて説明する。
「俺の同級生で、真っ黒い髪が短い奴。普段あの公園で独りで遊んでる。と言うか勉強してる」
「それは…熱心な子だね」
 何時の時代であっても、勉強熱心な子供とはいい事だ。感心するミッターマイヤーにケネスは溜息をついた。
「まあそうなんだけどさ。で、そいつがさ、色々あって帝国軍人が大嫌いなんだよ。だから、あんたに気を掛けて欲しい」
「…私に?しかしその子が帝国軍人を嫌っているのは、個人の勝手だからね。陛下に対して不敬罪を働かない限り、軍人などは無理に好きになって貰う必要はないよ」
 ケネスの台詞を聞いたミッターマイヤーは怪訝そうに言う。この子は帝国の支配について誤解をしているのではないかと思ったのだ。――別に思想を統制しようとか、そういうつもりはないんだけどな。彼はそう感じた。
 ミッターマイヤーの疑問を、ケネスも雰囲気から感じ取ったのだろう。手を振って否定する。
「ああ、別に考えを変えさせて欲しいんじゃないよ。只――あいつ、帝国軍人が嫌いだからさ、今のフェザーンだと吐き出す所ないんだよ。だって、下手に軍人に当たって、その軍人が短気だったりして殴られでもしたらまずいじゃないか」
「確かに」
「だから………あんたみたいに柔和な人ならさ、ちょっと位子供に当たられても流してくれるんじゃないかなって。あいつの話を聞いてやって、ガス抜きしてやって欲しいんだ」
 それは、君が俺に対してボールを蹴り飛ばしても、気にしていないからかな?
 ミッターマイヤーは少々、そんな意地悪な考えを抱いてしまう。
 そして何故、この子供達が当初あれ程までに自分を警戒していたのか、その理由が今になって悟れたような気もした。
 そのヴィンセントと言う子供と彼らが親しくないなら、こんな風に気を遣ってやる事もないだろう。親しい子供が、何らかの理由で帝国軍人不信に陥っているから、それに呼応するように他の子供達も不信に陥ってしまっていたのだ。
 ケネス達も、自分の心の動きが良く判っているからこそ、俺にこんな頼みをするのだ。――以前の帝国軍人は確かに悪い人間だったかもしれないが、この軍人は相当にいい奴だったと。そんな軍人の相手をすれば、心も解けるかもしれないと。
 ミッターマイヤーはケネスの頼みを快諾した。改めて、握手を交わした。
 ケネスの手はミッターマイヤーよりも一回り小さかったが、体温は高かった。彼の熱意が伝わってくるかのようだった。

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