「――……大体、イレギュラーバウンドって面倒臭いじゃないか」
 ミッターマイヤーの微笑みに気付いたのか、ケネスは少し顔を紅潮させた。ミッターマイヤーの方を見ないようにする。照れ臭いのだろうかとミッターマイヤーは思った。
「自分が蹴ってそっちに寄越したい方向にボールが行ってくれないんだぜ?地面が邪魔するんだぜ?」
 足元では地面を蹴りつつ、ケネスは手を挙げて空を仰いだ。彼の視界の隅でミッターマイヤーは軽く頷いていた。ミッターマイヤーは革靴のため、地面の均しには参加していない。爪先が硬いために深く掘り過ぎて逆効果になる可能性が高いから、遠慮していた。
「他の原因で地面がぼこぼこならまだ諦めつくけど、自分達がぼこぼこにしておいて放っておいたんじゃあ、駄目じゃないか。――だから俺は気付いたら直しておく。あくまでも自分のためって事だ」
「――自分のために出来る事をするのは、良い事だと思うよ」
 ミッターマイヤーはケネスの台詞が途切れた時に、そう言った。すっかり柔和な微笑を浮かべており、この表情ではまさか彼の本職が如何なるものなのかは子供達に窺い知る事は出来そうにない。
 ケネスはその台詞に振り返ってしまい、ミッターマイヤーのその表情をまじまじと見てしまった。大人に好意的な評価を受けたためか、彼はどきどきしてくる。耳まで赤くなった。
「そ、そうさ、自分のためさ。――今日だってさ、前の連中が地均ししてなかったせいで思いっきりイレギュラーしたんだぜ!」
「へえ…そんな事あったかな」
 派手に腕を振ってミッターマイヤーに言い出すケネスに対して、ミッターマイヤーは小首を傾げた。彼が参加していたフットサルで、そこまで大幅にイレギュラーバウンドした事があっただろうかと、少し考え込む。が、ケネスはその考えを一蹴するかのように大きな声で言った。
「あんたが来る前だよ。と言うか………ほら、歩いてたあんたの所に飛んできたボールだよ!」
「………あれって、そうだったのかい?」
 ミッターマイヤーはきょとんとした。――イレギュラーにしては妙に勢いが強かったし、普通一旦跳ねたのなら横や上空から顔面直撃コースには来ないのではないかな?彼はその時の状況を思い返す。彼の記憶力は格段に良く、ある程度の事ならば簡単に思い返す事が出来た。
「――…ケネスの嘘つき」
 が、ミッターマイヤーが記憶を辿るよりも早く、ふたりの会話に割り込む声があった。ミッターマイヤーが顔を向けると、そこにはタオルを握り締めていたニールが立っていた。
「あれってケネスが外に向かって思いっきり蹴ったんじゃないか」
 ケネスよりも頭ひとつ小さいニールは、おそらくは学年が数個下なのだろう。ケネスの前に立つと妙に幼い口調に聞こえる。口を尖らせて言うニールに対し、ケネスは顔に手を当ててあさっての方向を向いた。
「あー………うん。まあ、偶然だし」
「本当に?僕にはまるでこの軍人さん目掛けて蹴ったようにも…」
「いやマジでやってないから」
「本当かなー?」
 ケネスを覗き込もうとするニールに対し、ケネスはどんどん避けようと顔の向きを変えていく。周りからも囃し立てる声が上がってきた辺りから、どうもケネスに分が悪そうだとミッターマイヤーは感じていた。
 あまり責めさせるのも可哀相だな。ミッターマイヤーはそう思い、また微笑んで言った。
「――どちらにせよ、私は気にしていないよ」
 その台詞に、一瞬にして沈黙が降りる。
 ケネスもニールもふたりしてミッターマイヤーを見た。周りの子供達も同様だった。視線の集中線がミッターマイヤーに浴びせ掛けられる。ミッターマイヤーはその視線を受け止めつつ、再び口を開いた。
「私のために君達が仲違いするのは良くないよ」
 正直、自分に対して故意にボールを蹴りつけたとするならば、あまり穏やかな話とは言えない。言えないが、何事もなかった以上、ミッターマイヤーとしてはそれ以上騒ぎ立てるつもりはなかった。それに証拠もないのだから、ケネスをそれ以上責めないでやって欲しかった。
 ミッターマイヤーにそう言われ、ケネスは戸惑っていた。首の後ろに手を回し、掻く。俯き加減になった後、顔を上げてミッターマイヤーに言う。
「――あんた…多分、いい人なんだろうな」
 ぼそぼそとした小さな声だった。そして、軽く頭を下げる。
「わざとじゃないんだ。でも、危ない事をしたのには変わりはない。だから…ごめんなさい」
 ミッターマイヤーに対する謝罪だった。下げられた金髪の頭を見て、ミッターマイヤーはにっこりと笑った。ぽんと肩を叩いてやり、自分は気にしていないとまた繰り返した。

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