夕日がフェザーンの地平線上に隠れつつある頃、ようやくフットサルは終了した。
 ミッターマイヤーは裸足の足を公園の水洗い場で洗っていた。快晴が数日続いた後の地面なので完全に乾き切ってはいたが、足の水分や汗を吸った土が微かにへばりついている。爪の中に土が入り込んで黒くなってしまっているのを見て、帰ったら爪を切ろうと彼は思った。
 彼は、水を掛けられ水分を含む土を丁寧に落としていく。洗いながら足の指の間をいじっていると心地よいように思えるのは、そもそもデスクワーク続きで疲れているのだろう――そう言えば、帰宅して走る予定だったけど、これでは必要なさそうだな。肩こりもかなり楽になった…彼は心の中でそう思い、苦笑した。
 顔が揺れると、汗に濡れ土に汚れた顔の感触が良く判る。そして蜂蜜色の髪もすっかり土煙によって汚されてしまっていた。彼は足を洗った後、そのまま顔も洗った。そしてその勢いのまま、頭から水道に突っ込んだ。上から勢い良く水道の水が降って来て、彼の髪は一気に水に濡れた。横顔や髪の房から水が垂れ落ちる。熱くなった頭にいい感触だった。体も熱を含んでいるが、いくら何でも服の上から水浴びをするような試みはしなかった。
 ミッターマイヤーは顔を流し場に突っ込んだまま、手探りで蛇口を捻る。全開だった水が一気に弱まり、そして停まった。ざばざばと流れ落ちていた顔からの水が徐々に細くなり、やがては大粒の水滴が垂れる程度になる。彼は大きく息をつく。呼吸を整えるが、平時とは言え日頃の鍛錬の賜物かそこまで息は切れていなかった。
「――軍人さん」
 頭を垂れたままのミッターマイヤーの隣から、子供の声が聞こえてくる。水に濡れた顔を動かしてはシャツを酷く濡らす可能性がある。そう思っていたミッターマイヤーは、声に対して手を挙げるも顔は動かさない。すると彼の顔の隣に何かが差し出された感覚が伝わってくる。
 彼は視線だけ動かす。細かな水滴が垂れ大雑把に分けられた蜂蜜色の髪の隙間から見えたものは、白いタオルだった。
「いいのかい?」
「うん、軍人さん、持ってないでしょ?使ってよ」
 ブラウンの頭がそう言って揺れていた。最初にミッターマイヤーに声を掛けた子供で、フットサル中にニールと言う名前が判っていた子供だった。ミッターマイヤーは礼を言い手探りでタオルを受け取り、頭を流し場に下げた状態のまま髪を乱雑に拭いた。水飛沫が辺りに飛び散る。
「足とかも拭いていいよ。その後に水道で洗って絞って返して下さい」
 ニールの方もすっかり土埃にまみれた状態ではあったが、それも何処か誇らしげである。ミッターマイヤーは子供の好意に甘え、ニールの言う通りに従う。実際タオルの類を彼は持っていなかったし、かろうじて持ち合わせているハンカチでは明らかに荷が重かったから助かっていた。

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