その公園は、住宅街の中にあるこじんまりとしたものだった。それ程広くはなく、遊具も少ない。公園と言うよりはむしろ小規模な運動場と言うべき区画であった。 が、その遊具や芝生は古ぼけてはおらずきちんと手入れされていた。ミッターマイヤーは彼自身の子供時代を思い出し、自分の本国とは明らかに違うと感じた。――戦争をせずに、戦争を操る事で利益を得てきた国か。帝国や同盟とは違って国力は一向に疲弊せず、本当に豊かな国だ。 彼は公園の入り口に足を踏み入れる。すると彼を遠巻きにして見ている10数人の子供達の姿が見て取れた。どうもミッターマイヤーが一歩歩みを進めると、一歩下がりそうな風に腰が引けている。闖入者に対して極端に警戒している訳ではないが、友愛の感情は持ち得ていない様子である。 ミッターマイヤーは微笑んだ。彼の目の前にいる、先程声をかけてきた独りの少年にそっとボールを差し出した。その子供のブラウンの頭は、ミッターマイヤーの丁度胸の辺りにある。サッカーボールを差し出されたその子は、顔を上げて目の前の大人を見た。少し笑い、ボールを受け取る。 「ありがとうございます。――ボールが当たるとかして、お怪我はありませんでしたか?」 子供はぺこりと頭を下げた後、そんな風に心配そうな口調で訊いてくる。 それに対してミッターマイヤーは相好を崩す。確かにボールは偶然にも顔面直撃コースであり、それを受け止めるような芸当が出来る人間はそういないだろうと彼自身も判っていた。が、心配してくると言う事は、彼がボールを掴んだ瞬間を見ていないと言う事である。 「いや私は何ともないよ。しかし色々と危ないから、君らは公園内で遊ぶんだよ」 そう言いつつミッターマイヤーは、自分の白手袋がずり下がり気味だと言う事に気付いた。ボールを掴んだ時の摩擦があったが、今までボールを掴んだままだったので手袋のズレに気付いていなかったらしい。もう片方の手で手袋を掴んできちんと嵌め直す。手袋の表面が軽く土で汚れかけていた。 「ボールを変な方に蹴っちゃって…」 「そうか。いいシュートだったと思うよ」 心配そうな表情をし続ける子供に対し、ミッターマイヤーは汚れていない手で頭を撫でてやる。そんな事をしていると、話している子供が段々と落ち着いてきた様子だった。 「――帝国でもサッカーってやってるんですか?」 「そうだなあ…子供の遊びとしてはそこそこ有名な方だと思うよ」 ミッターマイヤーは顎に手を当てて考え込んだ。彼自身、子供の頃にたまにやった記憶があるし、小中学校の体育の時間に授業の一環としてやった記憶もある。役割分担がはっきりしていてそれをこなす事が勝ちに繋がるゲームなのだから、確かに教育には丁度いい球技だろうと今考えるとそう思う。 「軍人さんも子供の頃、やってましたか?」 「そうだね。まあ普通に」 「へー、帝国と言っても遊びはそんなに変わらないのかなあ」 独り言のように言う子供の顔を見ながら、ミッターマイヤーはおやと感じた。 ――どうやら俺がどのような立場の人間なのか、この子は気付いていない? ふと視線を遠くの子供達にやると、相変わらずふたりを遠巻きにしている様子だった。が、当初程引いている様子ではなく、ふたりを伺うにせよそれは警戒心ではなく興味から現れる雰囲気であるように、ミッターマイヤーには思われる。その態度は、オーディンの子供達からは感じられない代物だった。 ――帝国軍三長官のひとりとは言え、進駐地の子供にはまだまだ記憶されていないのか。彼はそう脳内で結論付けた。戴冠式の際に皇帝の眼前に並んでいようが、その映像が全銀河系に配信されようが、見ていない人間には知り得ない事実と言う事なのだろう。 …しかし、この俺が、このフェザーンに一番最初に進駐した張本人なんだがなあ。子供には関係ない話なのかな。そう思うと現実にも少し苦笑が漏れる。 かと言って、彼としてはわざわざ名乗る必要性は感じなかった。元帥として子供に相対しているのではなく、単なる通りすがりの軍人のお兄ちゃんだかおじさんだかの扱いのままでいいと思った。――こういう事は帝国本土では、最近では滅多にない訳だしな。彼自身、この状況に物珍しさを感じていた。 軽く風が吹き、秋の始めの冷たい空気がミッターマイヤーの頬をなぶる。装着している赤いマントが軽く風を含み、なびいた。微かに後ろに引かれる感覚に、彼は後ろをちらりと見た。 と、片腕の袖口を引かれる感覚が伝わってきた。ミッターマイヤーは視線を戻すと、子供が銀に彩られた軍服の袖を掴んで引いている。 「――どうかしたかい?」 ミッターマイヤーは子供に対して微笑んだ。すると子供も満面の笑みを浮かべた。強く袖口を引き、子供も向こう側に一歩踏み出す。ミッターマイヤーは特に足を踏ん張っていた訳ではないので子供のちょっとした力に抵抗する事無く、彼自身も歩みを進めさせられる。 子供の視線はミッターマイヤーにではなく、向こう側にいる他の子供達に向けられている。他の子供達は、自分達の方に戻ってくる仲間の子と、それに半ば引きずられるようにして歩いてくる黒と銀の見慣れない、しかしこの1年で飛躍的に見かけるようになった軍服を纏った人間を見ていた。 今までふたりを遠くに眺めていた彼らは、迫ってくるふたりを見てももう体を引く事はしなかった。普通に友達や仲間、或いは引率役の教師を出迎えるように自然にその場に立っていた。彼らがその「引率役の教師」を鬱陶しく思っているのかそれとも嫌いではないのか、現状の態度には現れていない。少なくとも喜んで歩み寄ってくるのではないのだから、完全なる親しみを持って受け容れようとしている訳ではないと判る程度だった。 |