更に悪い事に、その女は只の一般人ではなく…――。 ミッターマイヤーが歩きつつも髪を掻き回して、脳内で愚痴っていた時だった。 彼は、自分に迫りくる物体がある事を反射的に悟る。 その反応は頭で考える以前に体で行う代物だった。軍人となって10年以上最前線で戦ってきて尚彼を生き残らせてきた、彼が持ち合わせた天性の勘の成せる技だった。 風を切る音とその微かな圧迫感、顔に感じられる僅かな影の拡大。彼の体はそれを感じ、反射的に動いた。 彼は顔を動かさず、体で交わす事もせず、只顔のすぐ傍に、髪を掻き回していた手を移動させた。 その開かれた掌に丁度、球形の物体が大きな音を立てて収まった。近くにあった耳に小気味いい音が聞こえ、彼が嵌めていた手袋からは布が捩れる感覚とそれによる摩擦熱が伝わってくる。 そこでようやくミッターマイヤー自身が、自分が何をしたのかを把握した。――何かが飛んできて、俺はそれを反射的に受け止めたのか。そう理解し、彼は顔を上げて自分の頬の前に掲げられた手を見上げた。無意識に腕が反応していなければ、これは自分の顔面を直撃していた事だろう。 彼の手は、子供の頭程度の大きさのボールを受け止めていた。そのボールの柄を見る限りでは、これはサッカーボールという奴だった。 軽く力を込めてボールを手の中に収めたまま、彼はボールを胸元まで持ってくる。小首を傾げつつ、飛んできたとおぼしき方向に視線をやる。 「――すいませーん、大丈夫ですかー!?」 道路を挟んだ向こう側から、高い声がした。そこそこに綺麗な帝国公用語であるが、子供の声だった。 そこには少年が立っていて、ミッターマイヤーの方に駆けて来ようとしていた。少年の背後には小さな公園があり、そこには10数人の子供達がいて、ミッターマイヤーの方を伺っている。 ――ああそうか。この辺には公園があるのだったな。ミッターマイヤーは脳内で地図を検索してそう思った。胸元のボールを数度手の中で跳ねさせる。 「――私は大丈夫だから。君はそこにいなさい。ボールを持ってきてあげるよ」 ミッターマイヤーはいつもの人好きのしそうな微笑を少年に投げかけ、道路越しに言った。 住宅街のために地上車はひっきりなしに通る訳ではないが、それでも道路への飛び出しはある程度の危険を伴うだろう。彼はそれを心配した。目の前で子供が車に跳ねられては目も当てられない。 ともかく彼自身がきちんと左右を確認して、道路を横断する。相変わらずボールを掌の上で軽く跳ねさせつつ、微笑を絶やさない。革靴が軽く音を立て、微かな風でマントが僅かにたなびいた。 |