――やはり肩がこる。
 ミッターマイヤーは、通りすがりの士官達に逐一敬礼を寄越されるのにいちいち笑顔で会釈してやりつつ、大本営を後にした。同盟領で不穏な動きが発生しているとは言え、建前上は未だ平時である。そのため大本営に出勤している士官も数多い。彼の視界から士官の姿が消える事はなく、また元帥と言う存在を無視できる士官も存在しなかった。
 ――肩こりには適度な運動が効くから、帰ったら食事の前に家の周囲をひとっ走りするか。
 無造作に腕をぐるぐる回しつつ、彼はそんな事を思った。
 軍人は余程の事がない限り、勤務外であっても外出時には軍服姿なのが基本である。だから彼は帰路に着いている今も、普段通りの元帥としての姿のままだ。腕を回すと、背中に掛かっている赤いマントがたわむ。今までの高級将官とは違い、ミッターマイヤーがそんな事をしても部下達に親しみを感じさせるだけだった。
 大本営であるホテルの玄関先で、警護を行う兵士達にも軽く挨拶をして、外に出る。自然と顔を上げて胸を張る。夕方にもなるといささか冷気を帯びた大気が地表を駆け回り、彼の蜂蜜色の髪や赤いマントをたなびかせた。
 ――オーディンもフェザーンも、人間が集まって栄える惑星ともなれば、人間が暮らし易い気候になるのは当然なのだな。フェザーンに駐留して暫く滞在して、彼が思った事はそれだった。惑星生来の大気構成なのか、テラフォーミングの成果なのかは、彼の知識にはなかった。
 今日は肩がこっているので、徒歩で帰ることにした。1時間弱も歩けばいい運動になるだろうと彼は思った。
 徒歩で帰る際にはいつもコースを微妙に帰るのが彼の常である。少し位はテロ対策になるかもしれないと言う思いもあるし、自分が住む街を知りたいのもある。何処を通ってもきちんと整った街路樹と舗装路を感じると、やはりこの惑星が商業国家として栄華を極めていた事を彼は思い知る。――豊かな国とはいいものだ。





  折角暇が出来たのだからあいつと酒が飲みたかったなと、歩きながら彼は思っていた。
 彼の親友であるオスカー・フォン・ロイエンタールは、ミッターマイヤーから遅れてフェザーンに到着していた。以来、オーディン時代やその他駐屯地や互いの旗艦のように未だに腰を落ち着けて酒を飲んだ事はない。互いに元帥として帝国軍の要職に就く今となっては、生活の中でプライベートが占める割合は極端に減少しているからであった。
 実際今日彼は、遅い昼食時に大本営で久々に顔を合わせたので誘ってはみた。が「すまんが今晩は先客がある」とにべもなく断られたのである。
 ――大体、あいつが「先客」と言うのは、女性の事だが。
 10年来の付き合いとして、ミッターマイヤーはその慣用句の意味する所を把握していた。艦隊以外ならば何処であろうと、どんな機会を捕まえるのかミッターマイヤーには判らないが、ロイエンタールにとって女性との付き合いが途切れる事はほんの1週間もあれば珍しい方だった。
 しかし今の状況は、少々違っていた。
 ――あの女はいかんと忠告したのに、結局フェザーンまで連れて来たのか。
 それを考えると、ミッターマイヤーは徒歩移動中だと言うのに蜂蜜色の髪を掻き回してしまう。
 新帝国が確立した頃から、オーディンのロイエンタール宅に女が居座っていた事を、ミッターマイヤーは知っていた。そしてフェザーンに居住を移した今でも、女がついて来た事も知っていた。
 ミッターマイヤーはロイエンタールとは10年来の付き合いで、彼の「漁色」と揶揄される女癖の極端な悪さも理解はしていた。が、今回の女のように自宅に女を囲う事はなかったし、ましてや異動先にまで連れて来るとは、理解し難い事であった。

[next][back]

[NOVEL top] [SITE top]