南海に浮かぶこの島は自然に溢れていたが、現在では海岸沿いの一部には人間の手が加えられていた。
 沖合いに建設が進められているメガフロートのための人員が、この島に居住している。建設作業員や運営に携わる者が滞在するだけの規模のコミュニティが形成されていた。それでも島のほんの一部に過ぎない。メガフロートの最終的な建設予定面積は莫大な範囲となっていたが、現状はまだその域に達していないからである。その建設に携わる人員もそこまで肥大化していなかった。
 ともあれ島の市街化と言えども、ここは永住するための場所ではない。そのために建物は簡単で素朴なものが多かった。南海と言う環境と相まって、何やらのどかなイメージすら感じさせる。アジア人中心の社会とは言え、大半の日本人にはあまり馴染みがない環境だった。
 そろそろ空が暗くなる頃、ヤシの木が並ぶメインストリートを電子産業理化学研究所から出向して来ている面々は歩いていた。その道路は舗装されている訳ではなく、土埃が纏わり付いてくる。たまに車両も通るために轍が形作られていた。
「――今年もシングルベルにリーチか…」
 不意にそのメンバーの中の誰かがそう言った。その台詞に何人かが辺りを見ると、ヤシの木だと言うのに、そこにはクリスマスツリーのような飾り付けがなされている。
 確かに今は12月半ばであり、暦上はそう言う季節だった。しかしここは北半球であり、訪れている人々の大半も北半球出身のために、このような風景は物珍しく感じる人間が多かった。そしてここに集う日本人達も例外ではない。
「こんな暖かいのに、クリスマスと言われてもなあ」
「何言ってる。世界中にはそんな地域がたくさんあるぞ」
「――と言うか、世界的に考えるなら、家族と過ごせない事を悔やむべきなんじゃないのか」
 部下達の他愛のない会話を背後に聴きつつ、彼らを率いる立場である久島永一朗は先頭を歩いていた。が、彼の親友の暢気な声に振り向いた。家族云々と話を変えてきた波留真理は腕を頭に回して組んだ状態で、笑顔で同僚達に話しかけている。
「もっとも、船上で男ばかりのパーティになると思うがね。クリスマスまでにここにも帰ってこれるやら」
「…厭な事言うなよ、波留」
 波留の話に応じている同僚が苦虫を噛み潰した顔をする。それに呼応するように、他の同僚達も会話に加わる。それを眺めやり、久島は再び前を向いた。そして全員そのまま歩みを進めてゆく。
 独りで先を歩く久島以外は、相変わらず他愛のない会話を続けている。
「いっそシャンパンやビールやチキン程度を船に持ち込むか?」
「そんな予算下りるかあ?」
 電理研は研究そのものに対しては、社員にかなり優遇してくれているのだが、研究以外の面においては他の企業と変わらず予算はなかなか下りない。現に先程彼らは夕食を摂ったのだが、あらかじめ支給されている経費から各々支払っているのが現状だった。
「やだなあ、主任のポケットマネーからに決まってるじゃないですか」
 久島に、笑いを含んだ声が届く。彼は振り向いた。その向こうに居る相手を見る。
 腕を頭に回したまま、笑顔を浮かべている波留が久島の方を見ている。彼に視線を向けたまま久島は足を止めた。
 と、先頭が止まったために他の人間も足を止めた。軽い口を叩いた波留と、呆れた顔をしている久島とを、他の者達は交互に見る。
「――…出せる訳がないだろう」
 笑顔の波留に対し、久島は冷たい声で返していた。そのまま久島は波留から視線を外し、前を向く。再び足を進め始めた。
「主任に何て事言ってんだよお前」
「駄目か、やっぱり」
「当たり前だろ」
 首を捻る波留を、他の同僚が小突く。同僚達は今までとは違い、真顔だった。彼らにとって久島は、冗談が通じない人物だった。
 しかし波留にとっては、違っていた。

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