人工島とは、その名の示す通り人の手によって建築された島である。ヘクスを基本構造としたブロックを組み合わせ、その上部に土壌を培養する事で島を形作っていた。
 島である以上、四方を海に囲まれており、その限られた面積内で人々は生活している。擁する人口は5万人と然程多くはないのだが、大地の全てが居住用途として使われる訳もない。そのため、どうしても地上からは人間は溢れてしまう。
 しかしそれは島の設計当時から織り込み済みの事態である。開発者達は大地を開拓するのではなく、下へと居住区画を進めていった。構築ブロックの下部を利用して地上から地下へと区画を広げ、そのブロックすらも使い果たした時点でビル群は海底へと打ち建てられてゆく。
 2059年現在――人工島入植から間もなく20年を迎えようとしている今、島民の大半は海底区画へと生活の場を移している。地上区画では景観保護のためにも建築物は厳しく制限を受け、大地には一見して長閑な光景が広がっていた。
 現在の地上区画では、学校やその他公共施設や商業区画、農場区画が大半を占める。居住区画もあるにはあるが、5万の島民の中でも選ばれたエリートとその家族達にしか利用を許されないような地価を誇っていた。
 電理研付属メディカルセンターとは、そんな人工島の土地事情においても、地上区画に存在を許されている病院である。
 電理研の社屋自体、建築物としては地上区画にも存在はする。しかしあくまでもそれはランドマークとしての用途を果たしているに過ぎない。研究施設や開発区画、その他殆どの施設は海底都市群の中にそびえていた。地上区画のビルは、その広大な社屋の先端に過ぎなかった。
 病院であるメディカルセンターには、当然ながら入院施設も付属している。
 地上区画に存在する病室に入院出来る患者は一握りに過ぎない。一握りの富裕層や、病状からやむを得ない人々のみである。こと病人に至っても、人工島の住宅事情の例外にはなり得なかった。
 久島永一朗は、横顔を窓越しの見事な夕焼けに照らしながら、その廊下を歩いている。綺麗に設えられたスーツを身に纏い、コートを手にして静かに歩みを進めていた。
 窓が並ぶ壁は白く、夕焼けの紅が映り込んでいる。その窓から垣間見える風景は空が目立ち、建築物は多少見下ろさないと見る事は叶わない。彼が居る今の場所は、人工島の地上区画の中でも最高層に位置している証左だった。
 館内放送もなく、看護士の往来もない。彼の周辺はひたすらに静かである。靴音のみが響き渡る。
 やがて彼は、廊下の突き当たりに到達する。そこには白い壁が広がるが、スライド式の大きな扉が切り取られていた。
 その脇には壁備え付けのコンソールが存在している。彼は抱えていたコートを左手に安定させてから、そのコンソールに右手をかざした。一瞬メタルへのアクセス音が鳴り、コンソールの画面がぼんやりと発光する。
 彼の電脳経由で視界にポップアップしてきた六角形のウィンドウに、入室許可のメッセージが表示される。同時にロックが外れたとおぼしき微かな音が彼の耳に届いた。
 そして眼前の扉がゆっくりと横へとスライドしてゆく。訪問者を受け入れようとしていた。
「――入るよ」
 彼は一言中に声を掛けた。それは電通回線経由ではなく、実際に自身の声帯を用いての音声だった。
「…どうぞ」
 すると、中から小さな声がした。弱々しくはあるが何処か涼やかな声だった。
 彼はそれに意外そうな顔をする。返事が来た事が予想外だったらしい。しかし誰に見せるともなく、彼は無言で頷く。開いた扉の敷居を跨いだ。
 来客を受け入れた事で、再びスライド式の扉は戻ってゆく。重々しい音を立て、外界と室内とを隔絶させた。
 
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