ともかく彼はそのままケースの蓋を戻した。きちんと四方を合わせ、電脳経由で施錠する。そして前に向き直り、壁面に手を伸ばした。そこで切り取られた壁に手を当て、電脳から開錠キーを送信する。途端、その部分をなぞるかのように長方形の光のラインが走り、そして切り取られたようにそのラインの壁がゆっくりと開いた。
 ぽっかりと開いた空間は、ストレッチャー上のケースを収めるには丁度いいサイズと位置になっていた。久島はケースに両手を掛け、そのまま力を込めて押す。僅かにスライドするような音がして、ケースが静かに壁面の空間に導かれて行った。
 空間はケースを全て収めるには丁度いい容量だった。久島が片手を添えて最後まで押し込んだ時点で、若干の隙間を保持している。その状態で彼は再び壁面に電脳経由で干渉する。再びそこに幾何学模様のラインが走り、ゆっくりと扉が閉じられていった。そして光が収まった頃には、扉は壁と一体化していた。完全に金庫としての施錠状態に置かれている。
 ここは電理研所有の倉庫であり、セキュリティレベルはそれだけでも最高値である。更にはこの物品を管理するのは統括部長たる久島であり、この扉自体のセキュリティレベルは更に群を抜いている。ケースにも厳重に施錠をしているため、彼以外の誰かがこれを発見する可能性はないはずだった。
 既存の人間の容貌を義体として勝手にコピーした上に、他のAIを搭載して動かしてしまう。自分がやった事はあまり好ましい事ではないだろう。久島はそれを理解している。だから、「動作確認テスト」は今回だけで終了させるつもりだった。
 しかし、この義体には、これからも会いに行くだろう。
 当人が目覚めていると言うのに。これを見たからと言って何かが変わる訳でもないのに。むしろ空しいだけだと言うのに。
 それでも久島にはこの義体を破棄出来なければ、封印状態に置く事も出来なかった。彼は、たった今施錠した扉の一点を見つめている。そして前髪を掻き上げ、溜息めいた呼吸をついた。軽く首を振り、手を下ろす。
 彼はそこにある、空になったストレッチャー状の台座に手を掛けた。ゆっくりと引く。軽い軋みを立てつつも、それは軽々と動いてゆく。ある程度動かした時点で彼は止め、そのまま反対側に回り込む。壁面を背後にし、台座を押し始めた。金庫の外へと導いてゆく。
 自動的に部屋の扉は開く。僅かに冷たい空気が外へと流れ出していった。その流れに乗るかのように、久島は台座を押したまま部屋の外へと出てゆく。キャスターの軋むような音と彼の靴音が静かな室内に響き、そしてそれは自動扉が閉まると共に途切れていた。
 人影が消えた室内は自動的に灯りが落とされる。そこには静寂が訪れた。

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