観測船と言うものは、観測用の機材を搬入し運用する事を第一に設計或いは改装されている。
 そのために、乗員のためのスペースはあまり保持されていない。長期滞在を余儀無くされるような観測実験も存在するが、そこで使用される船の乗り心地はお世辞にも良いとは言えないものだった。
 それでも長期観測のための観測船は、それなりに規模が大きくなる。今回の観測は日帰りであり、そのために使用される船舶もこじんまりとしており、それに対応するかのようにその内部も雑然としていた。
 オペレーションルームとして割り当てられている一番大きな船室の扉を開け、久島永一朗は狭い廊下にその身を滑り込ませた。
 彼が背後にする扉の向こうでは、彼以外の何人かの乗員がいくつかの端末と向かい合っている。船内灯にぼんやりと照らし出された室内のあちこちには端末から伸びたケーブル類がのたくっていた。端末が発するファンの音が空気を僅かに震わせており、静かな室内にキーボードの音と共に微かに響き渡っていた。しかしそれらも、久島が後ろ手で扉を閉めた事により遮られる。
 狭い廊下の天井にも灯りは設置されていたが、やはり薄暗い印象は否めない。しかしここが陸から隔絶された船である以上、資源は有限である。発電機が備わっているとは言え無意味に電力を消費する訳にもいかないため、当然の設定ではあった。
 人独りがどうにか歩ける程度の狭い通路の壁に久島は触れる。そのまま彼は身体を押し込むような形で通路を歩いていくが、すぐに目的の部屋の前に行き着いていた。
 彼は通路の壁同様に無骨な印象を持たせる扉のノブに手を掛ける。捻って押すと、その扉は軋みつつも開いた。
 その室内にも灯りは付いている。狭く雑然とした部屋なのは、この船内に存在する他の船室と変わらない。その室内の中央にテーブルが位置し、それに伴って椅子が4脚存在していた。
 そのうちのひとつに独りの男が腰掛けている。彼は手元に何やら書類などを広げていたようだが、久島の来室に顔を上げた。
「――久島。食事しに来たのか」
「ああ」
 名を呼ばれた来訪者は頷きつつ、室内に身体を滑り込ませた。次いで扉を閉める。
 室内の先客の方はと言えば、久島に視線をやりつつ、手元に開かれていた書籍を閉じていた。そしてテーブルの上に広がっていた書類やメモの類を手元に引き寄せ、纏め始める。
 久島はそんな彼の方へと歩いてゆく。彼の手元に集まる紙類を一瞥する。プリントアウトされた用紙や手書きのものが入り混じっており、それぞれにペンで色々な文章や数値が書き込まれていた。久島はその筆跡がこの目の前に居る男のものだと知っていた。
「波留。君の方こそわざわざ私が食事を片付けるのを待っていたのか?作ってくれているものを勝手に温めて食べたものを」
「まあ、何処で作業やっても同じだしな」
 久島は親友にそう呼びかけた。呼ばれた側である波留真理は、手元に書類を纏めてゆく。その中でも同じ判形の用紙を揃え、縁でとんとんとテーブルを軽く叩いた。綺麗に揃った所でクリップで留めてテーブルの上に重ねて置いてゆく。
 この船は観測船である。そのために乗員用の船室は狭く、そこに供給される電力も制限されている。現在殆どの乗員はオペレーションルームに詰めて仕事をしており、他の場所に居たのは波留位だった。
 その彼独りの個人的事情のために船室の電力を消費するのは無駄が過ぎる。波留はこの業務に年単位で携わっており、久島も同様だった。そのためにそう言う推測を成り立たせる事が出来ていた。
 波留はこの観測実験チーム専属のダイバーだった。今日もこの午前中のダイブを行った立場だった。それ以降は自分用に蓄積されたデータを纏め考察する作業を自分なりに行っていた。
 無論、より広域なデータは久島達オペレーションルーム側が保持しており、それらを処理するのがオペレーション側の使命だった。波留が行っていたのはあくまでも今後の自分がダイブを行うための参考程度のデータの照合である。以前は研究職でもあった波留にとって、そう言う作業は今となっても欠かせないものだった。
 
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