2061年、新たな電脳世界メタリアル・ネットワークを有するメガフロート・人工島。簡略化してメタルと一般に通称されているそれを、構築・運営・管理を行っているのが電子産業理化学研究所――通称電理研である。
 久島永一朗は電理研の統括部長の任に就いている。彼こそがメタルの初期からの構築者であり、現在も管理運営を一任されている立場にある。メタルの構築が始まったのは40年以上前であるのを考えれば判るように彼は齢80を越えているが、全身義体化によって壮年の容貌を保ったままで生き続けていた。
 現在でも多忙を極める彼は、今も電理研のモニタールームに詰めている。眼前ではオペレーター業に特化した量産型女性アンドロイドが数名、様々な情報の管理に務めていた。
 彼はふと、首筋にちくりとした痛みが走った。思わずその痛みを感じた首の後ろに手を回して当てた。軽く俯き、眉を顰める。
 生身で言うならば、針で刺されたような痛みだった。しかし深々と突き刺されたような痛みではなく、手で押さえているうちにすぐにその感覚は消えて行った。
 彼は全身義体の身であり、体を覆う有機製の人工皮膚には「人間」をやっていく上で最低限の感覚点しか備わっていない。そんな彼にとって、軽くであっても痛みを感じるのは珍しい事態だった。
 ――情報過多で脳核に負荷が掛かったか。久島は首を捻りながらそう考えた。
 常時、脳がメタルに直接接続可能な環境にあるこの人工島、更に情報が錯綜するこの電理研では、稀ではあるがそのような事態に陥る事がある。しかし、似たような症状である電脳アレルギー患者のように健康に関わる深刻な状態に陥る事はないために、敢えて放置されている事態だった。
 ともかく、今の彼にとっても深刻な事態になり得ない事象だった。少なくとも当の彼はそう結論付けていた。彼は首の後ろを押さえていた手を離し、何事もなかったように作業に戻る。
 
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