メタルの海の潮流に乗り、波留真理は急ぎ潜ってゆく。
 彼はその視線を前方に固定している。彼の視線の先には魚型アバターであるガイドバグが更に突き進んでいた。彼の脳内に常時表示されているダイアログには現在の深度が表示されているが、その数値は物凄い勢いで更新されてゆく。深度を深めるに従い海は徐々に暗くなり、彼はバイザー付属のヘッドライトを点灯した。
 不意に、今まで直線的だったガイドバグの軌道が、緩やかに螺旋を描く。その先、波留が目視出来る彼方に、黒のダイバースーツを着用した人間が漂っていた。
 ――ターゲット確認。確保する。
 波留は勢いを殺す事無く沈降しつつ、電通を行った。彼の事務的な通告に対して、すぐに返答が来る。
 ――君のリンクも彼のリンクも確保してある。急ぎ救助して上がってくれ。
 ――了解。
 彼はかなり深い部分まで潜ってきた事になるが、電通は互いに明瞭だった。会話を交わしつつ波留は潮流に乗り、それに流されつつあったダイバーの腕を掴んだ。並んだまま一気に沈降しつつ、ダイバーの腕を肩に担ぐ。
 ダイバーを確保した途端に、もう片方の腕で大きく水を掻く。その動きにより、波留の体は潮流から外れた。押し流そうとする潮流に彼は抵抗し、次いで潮流の外の壁のような状態の水に圧力を受ける。
 小型のガイドバグは小回りを利かせて、螺旋状の動きで水を穿つようにして上昇してゆく。波留はその方向を見据えた。身体全てを潮流から抜け出させ、その身体を捻って一気にターンを掛けた。泡が巻き起こる。
 暗い海中から見上げると、ガイドバグがその身体に点灯させた小さな光のみが手掛かりとなっている。自らと潮流が巻き起こす泡にそれが紛れ込む。波留は懸命に水を掻き、上昇を開始した。
 彼らの周りに障害物らしきものは存在しない。暫く勢いのまま突き進むと、ようやく海面めいたメタルの表層部が近付いてくる。その頃には自動的にバイザーのライトは消え、水面の煌きが波留の視界に入ってきた。
 先行していたガイドバグは水面付近で円を描き上昇を停める。泡を纏わり付かせて追ってきていた波留の周囲を泳ぎ併走する形を取った。
 そして波留は魚型アバターを追い抜き、一気に海面に顔を突き出していた。水面で水が弾け飛ぶ。メタルダイブスーツの頭部はヘルメットで覆われているが、水面に出た途端に大きく息をつくと、まるでリアルの海から帰還してきたかのような喘ぎになる。本当に彼にとって、メタルは海そのものであった。
 しかし落ち着いて呼吸を整えている暇は、彼にはなかった。救助したダイバーの身体はぐったりしている。波留は急ぎその身体を抱き上げる。すると彼の姿は光に包まれて、ゆっくりと消失していった。それはメタルからのログアウトだった。
 腕から人間の感触が消え去った波留は、溜息をついた。首を軽く振る。そして上を見上げた。リアルの海でのダイブならば、その付近にベースとなる船が停泊しているであろう空間を。
 ――次は!?
 ――今、ガイドバグに次の目標の情報を入力した。
 波留が強い思念を送ると、それに対して冷静な言葉が返ってくる。
 ――君の状態もデータ上はクリアだ。しかし、まだ行けそうか?くれぐれも無理はするなよ?この状況での二重遭難は我々としても辛い。
 終盤は、若干の心配気味な思念だった。それに波留は少し笑う。
 ――大丈夫だ。それにこれは僕にしか出来ないんだろう?
 バイザー越しに笑い、波留は親指を立てた。まるで船が停泊しているかのような空間に対して、そう言う態度を見せる。
 海面に一瞬魚型アバターが跳ね上がる。そして海中に飛び込み、そのまま沈降を開始した。波留はそれを見て、腕を揃えて伸ばす。一気に飛び込むようなターンを掛け、身体を海中へと沈めて行く。足を大きく動かし水を掻き、水圧に対抗するように潜って行った。
 
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