チョコレートの日・後日譚
 銀河帝国と呼ばれる国家は、ゴールデンバウムからローエングラムとその血筋を変えた。それまで戦争状態にあった自由惑星同盟とはバーラトの和約と呼ばれる条約を締結し、ひとまず休戦となった。
 「和約」とは聞こえはいいが実質的は同盟を併合したような内容である。国家としての形態は残しておくが、同盟には帝国から金銭的にも法的にも多大な縛りを掛けられている。国家としての滅亡は引き伸ばしたが、それは敢えて行わなかっただけである。新帝国の安定までに10数年が掛かると思われたが、その後には銀河系の完全征服が行われるであろうと言う目算が多勢を占めていた。
 それまでは新帝国の重鎮達はそれぞれの業務を行い、一定期間の平和を守るために精錬していた。

 平時の元帥府においては他の省庁と同じく正午頃が昼休みとなっている。特にチャイムなどで連絡される訳ではないが、各部署における慣例のようなものだった。
 その正午頃に、ウォルフガング・ミッターマイヤーの執務室を金銀妖瞳の元帥が訪れた。部屋にはまだ副官が残っており、彼は上官とは別の元帥に対して敬礼を行う。
 オスカー・フォン・ロイエンタールがミッターマイヤーの元帥府を訪れる事は少なくない。彼らが元帥でなく将官であった頃も互いの執務室を訪れており、軍人としての最高位を極めた今もその延長線上で付き合いを続けているに過ぎない。そのためこの元帥府の軍人も、この長身の元帥の姿を見慣れてはいた。だから副官も敬礼の末退室していく。

「――よう、ロイエンタール。卿がここに来たと言う事は、昼食を共に摂る時間があると言う事か」
 ミッターマイヤーは突然訪れた親友に笑顔を向けた。片手を挙げて挨拶をしつつ、椅子を立つ。
 それに対し、ロイエンタールは少しだけ微笑んだ。
「いや…そうだな。そう時間は取らせぬが、折角の機会だ。いつもの店に行くか」
 そう言って彼は踵を返す。それに従うように立ち上がったミッターマイヤーも席を離れた。長身の親友の後を数歩離れて追う。身長差があるために歩幅も多少違っている。ミッターマイヤーはいつものように軽く小走りに親友に追いついた。
 その時彼は、親友が小脇に書類ケースを抱えている事に気が付いた。――昼休みだと言うのに書類持参なのか。彼は不思議に思ったが、ここに向かう途中に部下から受け取ったものかもしれなかった。だから特に不審に思う事無く親友と肩を並べ、元帥府を後にする。
 

 
 彼らふたりは「帝国軍の双璧」と呼ばれる身分である。そのため帝国内ではほぼ顔が知られている。ましてや元帥服に身を包んでいる時は、その姿自体が自分達を喧伝しているような状況である。
 そのため彼らは食事する時も、場所を選ばなくては静かに過ごす事が出来ない。彼らが今日も選んだ店は高級士官用の店であり、更にはその個室を指定する。1時間程度の短い時間だが、元帥ふたりの要望とあらば店も融通を利かせるものであった。
 昼食程度のために量はそれ程でもなく、酒も出ない。しかし高級士官のみが利用する店であるために料理の質は確かである。しかも客が帝国軍の双璧ともなれば、料理人の気合もまた違ってくる。結果として常々、この貴族趣味と評判の元帥も満足させる事が出来る料理を提供し続ける事が出来ていた。

 料理が提供される当初、ふたりは普段のように会話を楽しんでいた。夜に酒と共に楽しむ会話とは違い、今は昼休みのために時間制限が存在する。それでも彼らはこの時間を大切なものと感じていた。
「――ところでミッターマイヤー」
「ん?」
 食事と会話の最中、ロイエンタールは思いついたように話を向けた。今までの話の延長のような台詞だったが、ミッターマイヤーにはそうではないと気付いた。彼は、長年の付き合いから親友の心の機微は大体読み取る事が出来た。
「何だ?俺に何か面白い話でもしてくれるのか?」
「面白い話かどうかは判らぬが…」
 ミッターマイヤーの笑顔に対し、ロイエンタールはそんな事を言いつつ視線を落とした。椅子の下に置いていた書類ケースを手に取り、膝の上でそれを開く。
「少しばかり相談がある」
「相談?俺の手に納まる話だろうか」
 ミネラルウォーターを口にした後に軽く笑って冗談めかしてみたが、ミッターマイヤーにとっては意外な台詞だった。
 彼にとってロイエンタールは確かに親友であり、互いを頼りにしている。しかし個人的な事情までには足を踏み入れないのが暗黙の了解のようになっている。そもそもロイエンタールは自分の弱みをなかなか見せない人間である。そんな関係だと言うのに、「相談」とは一体何だろうか。
「いや、それ程大きな事ではない。――と言うか、卿にも関わりがある事だ」
「…俺にも?」
 ロイエンタールの台詞にミッターマイヤーは怪訝そうな声を上げた。またしても意外な台詞が飛び出してきたと彼は思ったのだ。
 彼の気持ちを知ってか知らずか、書類ケースを開き、取り出したものをロイエンタールは自分の膝の上に置いた。テーブルの上を一瞥するが、料理が片付いていないせいか雑然としていた。そのためか、彼は書類ケースから取り出した紙の束を膝の上に置いた。
 
 そして彼は軽く溜息をつく。そして口を開いた。
「――先日、我々は卿の奥方にチョコレートを頂いただろう?」
「…ああ…」
 ミッターマイヤーはロイエンタールの言葉に頷いた。それは彼の記憶に鮮明に残っていた。
 1ヶ月程度前の話になるだろうか。普通の晩のように彼が親友を自宅に連れてきたら、その日が偶然「チョコレートの日」の前日だったのだ。そのために彼の妻であるエヴァンゼリンは手作りのチョコレートを用意しており、彼らに振る舞ったのだった。
 どうやら彼女はミッターマイヤーとロイエンタールでチョコレートの種類を分けて作ったらしい。その2種類はそれぞれの口に合う味であり、ミッターマイヤーはますます自らの妻を誇らしく思ったものであった。
「俺はその後、調べたのだがな…どうやらチョコレートを貰った側はお礼をしなければならないらしい」
「…そうなのか?」
 食事も終わりに近付いている中、ふたりは会話を続ける。ロイエンタールが教えた事実は、ミッターマイヤーが知らなかった事だった。無論、妻がお礼目的でチョコレートを振る舞ったなどとは露とも思わない。どうも断片的な知識でのチョコレートだったようなので、その「お礼」の話など彼女は知らなかったのだろうと彼は思った。
 
 実はロイエンタールの側としても、エヴァンゼリンの知識が不完全な物である事は判り切っていた。
 むしろ彼は不完全である事を望んでいた。彼が後日調べて判明した事実――「チョコレートを渡す相手は、自分が心から愛している男である」と言う空恐ろしい慣例を、彼女が知った上でロイエンタールにまでチョコレートを渡したとは絶対に考えたくはなかったのだ。
 そのためにロイエンタールは逆説的にエヴァンゼリンが、その「お礼の日」までは知り得ていないと考えた。お礼を期待して行動を起こすような女性ではないと思ったし、むしろお礼の日などと言うものが設定されている事を知ればチョコレート自体を用意しない気もした。
 
 ロイエンタールは食後に淹れられたコーヒーに口をつけた。
 テーブルの上に置かれている皿は先程訪れた店員によって殆どが片付けられている。白いテーブルクロスは全く汚れていない。彼らは礼儀としてのテーブルマナーにも長けていた。
「まあ、お礼の日がどうのと言う問題でもない。もてなして頂いた以上、俺はお礼をしたいのでな。常日頃お世話になっている事だし、俺にとっても良い口実だ」
 コーヒーで湿らせた口でロイエンタールはそう続ける。眉を寄せ、僅かに顰め面をしてみせたのは照れ隠しなのだろうかと、ミッターマイヤーは感じた。
「そうか…」
 ミッターマイヤーは腕を組む。
 ――良く考えてみたら、彼女を出来た妻だと思って感謝はしているが、それを形にしてみせた事はあっただろうか?勿論即物的なお礼を与える事のみで喜ぶような女性でもないと判っているが、それにしても一度位は何らかのお礼をしてもいいのではないだろうか――?
 そんな事を考えていると、彼の脳裏に妻の笑顔が思い浮かぶ。照れ臭くなって彼は腕を解き、片手で蜂蜜色の髪を掻き回した。口元で苦笑する。
 ロイエンタールは親友の様子を見やり、顎に片手を当てた。――どうせ奥方の事でも考えているのだろうと、内心半ば呆れる。彼もまた、親友の心理を確実に読み取る事が出来ていた。視線を落とし、手持ち無沙汰に膝の上の紙の束を数枚捲り上げて眺める。
 
「――だから、俺としても卿の奥方に贈り物をしたいのだ。無論、あくまでも礼と言う形なのであって、それ以上の事はないのだが」
「…ああ、判ってるよ」
 視線を膝の上に落としたまま半ば憮然とした顔で言うロイエンタールに、ミッターマイヤーは笑う。彼は親友の気持ちを類推した。そして彼に「相談」してきた理由も理解した。
 ロイエンタールはエヴァンゼリンに「お礼」をするに当たって、彼女の夫であるミッターマイヤーに筋を通したかったのだろう。何せ人妻に対して男が物を贈るのである。妙な勘繰りを発生させかねない行為である。横恋慕の気持ちを本当に持っているならばともかく、潔白なのに妙な誤解を抱かせてはたまったものではないと、ミッターマイヤーも一般常識として理解する事が出来た。
 もっとも、ロイエンタールが抱く「たまったものではない」と言う感情は、ミッターマイヤーが思う以上に大きいのだが、そこまでは蜂蜜色の髪を持つ夫は理解していない。彼は妻を愛し親友との付き合いも同様に好んでいたので、その両者同士もそれなりに好ましい関係を築いていると信じていた。
 
 ミッターマイヤーは笑顔を浮かべて話を向ける。
「――で、卿はエヴァに何を贈るのか、もう決めているのか?」
「…ああ…一応考えてはいるのだが…」
 言いながらロイエンタールは下に視線をやったまま溜息をつく。手元にあるらしい紙の束が微かに音を立て、ミッターマイヤーの耳にもそれが届いた。
 ロイエンタールは膝の上で紙の束を持ち上げ、軽く揃えた。膝の上でとんとんと叩く。そして彼はその中の何枚かを捲り上げ、テーブルの上に紙を数枚広げた。

 ミッターマイヤーは興味津々と言った感で、その紙を覗き込む。
 しかし一瞬後、彼はぽかんとした表情になった。
 
「…おい、ロイエンタール…」
「何だ?」
「…これは一体……?」
「見て判らぬか?小型のパワーショベルだ」
「いや、見たら判るけど…と言うか、やはりそうなのか…」

 会話を重ねつつも相変わらずぽかんとした表情を浮かべたまま書類を覗き込むミッターマイヤーと、平然とした面持ちでその書類を手で指し示すロイエンタール。室内はしばしの静寂に包まれた。高級士官用の店らしく個室ともなれば完全防音となっており、室内が静かになろうとも外の音は一切聞こえない。
 ミッターマイヤーが覗き込み、ロイエンタールが指し示す書類は、どうやら重機類のカタログの一片であるようだった。彼らが見ている一枚にはパワーショベルの2次元写真が掲載されており、大きな正面図から細かい部分の拡大写真などが数枚プリントされていた。その脇にはスペック表らしき細かい数値が掲示されている。
 最前線の軍人と言う仕事を経験している以上、ミッターマイヤーはこの手の重機には慣れていた。簡単なものならば操縦する事も出来た。この小型のパワーショベルも彼が操縦できる型であり、そのためにある種の懐かしさも感じつつ眺めやっていた。

 が、そういう場合ではない事を思い出した。

「ロイエンタール」
「何だ」
「その…これを、エヴァに贈る…と?」
「そうだが」

 恐る恐る、真意を確かめるようにミッターマイヤーは尋ねたが、ロイエンタールは真顔で肯定した。ミッターマイヤーはその顔と書類とを数度交互に眺めやる。そして、大きく肩を揺らして溜息をついた。逃避するように書類に視線を落とし、顔を上げる事はなかった。
 ロイエンタールは親友の動作に軽く眉を寄せた。どうやら何かを心配されたとは、彼も思い至った。しかしその推測が、当の親友の「心配」と一致するかはオーディンのみぞ知る所である。
 
 果たしてロイエンタールは微かに笑顔を作り、親友を安心させるように言った。
「ああ、心配するな。特注でピンクに塗装しようかと思っている。やはり女性に贈るものだからな」

 ――そういう問題ではないのだが…。
 ミッターマイヤーの口からそんな台詞がついて出てこようとした。が、彼はひとまずそれを飲み込んだ。
 ロイエンタールは冗談や悪意でこのような物を贈ろうとしている訳ではないと、ミッターマイヤーも気付いていたからだった。完全な善意からのプレゼント選択の結果であると判っていた。
 ロイエンタールは人付き合いに不慣れな部分がある。そして幼い時から財産に恵まれ、自らも軍人として長じたために、ミッターマイヤーのような平民とは金銭感覚に少々ズレがある。そして、浪費癖がある訳ではないのだが過度な倹約家でもないために、彼は「親友」に関わる件に関しては時折妙な金の使い方をする事があった。今回もそれに当てはまってしまうらしい。
 ミッターマイヤーとしては、親友が自分達の事を思って贈り物を考えてくれるのだから、嬉しい話であるはずだった。前提はまずそれである。
 が、しかし、この贈り物を実際に受け取るとなると…少々困ってしまう。

 かと言って頭ごなしに「必要ない」と断っては、気を悪くするだろうと判っていた。彼がたまに突き放した事を言ってみると、この毒舌で冷笑家であるはずの親友は、途端に不安そうな顔を見せるのだから。他の人間にはどんな態度を取られようと気にも留めないのだが、ミッターマイヤーだけには弱いのが彼だった。
 不安そうな顔を見せようが、それは自業自得とも言える。が、ミッターマイヤーもまた、親友のそんな顔を見るのが苦手だった。そのため、ミッターマイヤーは髪を掻き回した。少し悩んだ挙句、説得の足掛かりを見付けるために口を開く。
 
「――なあ、ロイエンタール…それは俺の家の庭を見てからの選択か?」
「ああ。家庭的ではあるがこじんまりとして美しい庭だと俺も思う。あの庭の手入れに使って貰えたら嬉しい事だ」
「…悪いが、うちの庭はそれ程広くないように思わんか?」
「………そうだったろうか?」
 ロイエンタールは小首を傾げた。彼は脳内で親友宅を描く。確かに造園業者を頻繁に雇って世話しなければならないような広さではないが、そこそこの広さであったように思われる。しかしロイエンタールは庭いじりをやった事がないために、仮に「この程度の広さでは重機は使わない」と言われたならば、反論出来る根拠がない。彼はそれを認めざるを得なかった。
 
「それにだ。申し訳ないがエヴァは多分重機なんぞ使えんぞ」
「卿の実家は造園業ではないのか?彼女もその出身だろうに」
「彼女が仕事を直接手伝っていた訳ではないよ。せいぜい実家の庭の芝生の手入れをやったりしていた位だ。――もしかしたら俺が重機を使えるから、そんな誤解をしたのか?なら、俺が重機を使えるのは軍隊生活のおかげであって、実家とは関係ない」

 ミッターマイヤーは嘘はついていなかった。彼自身は子供時代にちょっとした小間使い程度の手伝いをするために依頼された庭に出向いた事はあるが、造園作業そのものに関わった事は一切なかった。
 彼の父親はきっちりとした経営者であり、片手間で覚えたような剪定技術しか持っていない息子を他の職人と同様に仕事に使う事はなかった。金銭の授与が発生する仕事である以上、未熟な人間がミスをする事で自分の会社の評判を落としたくはなかったのだろう。
 父親のそんな態度の元に育てられた彼やエヴァンゼリンは、実は庭いじりの技術はアマチュアとして身に着けたものに過ぎなかった。それでも技術だけで判断すればプロの端くれ程度であるのは、彼ら夫婦の天性のものであるらしい。

 ロイエンタールは人付き合いの経験が少ないが、彼と言う個人は非常に聡明である。そのため、ミッターマイヤーが表現を選んでいても何を言わんとしているかは類推する事が出来た。
 親友の真意を自分なりに悟ったロイエンタールは、溜息をついた。軽く瞼を伏せ、口を開く。
「――…つまり…俺のこの贈り物では、卿や奥方に迷惑が掛かるのだな…?」
「迷惑と言うか…まあ、あの庭では重機を使うまででもないし、彼女自身が使えないからなあ」
 苦笑いを浮かべて言いつつミッターマイヤーは親友の顔をちらりと見やる。
 ロイエンタールの表情は明らかに沈んでいた。感情を露にするような人間ではないために、親友であるミッターマイヤーでなければ見抜く事が出来ない程度の表れである。が、ミッターマイヤーにとっては酷く判り易く表情が変わっていた。相当のショックを受けているのは、彼の想像に難くなかった。

 慌ててミッターマイヤーが手を挙げる。弁解気味に声を上げた。
「――ああ、待ってくれ。ロイエンタール。卿の気持ちは凄くありがたいんだ」
 ミッターマイヤーからそんな事を言われたロイエンタールは、一瞬面食らったような顔をした。が、その後に口元に笑みを作った。それは自嘲のような笑みであった。
「…とは言え、迷惑なのだろう?すまなかった…俺は下手に親切心を形にしない方が世の中のためなのだな」
 ロイエンタールは自嘲めいた微笑を唇に浮かべてそんな台詞を言う。その事態にミッターマイヤーは眉を寄せた。微かに喉の奥で呻いて髪を掻き回した。これは彼が見たくなかった表情であり、聞きたくなかった言葉だったからだ。

「――良し、判った」
 ミッターマイヤーは意を決した。胸に手を当て、そこで拳を作った。ぎゅっと握り締め、ロイエンタールの方を向く。勢い込んで、言う。
「ロイエンタール、俺がエヴァに贈る物を何か選んでおくから、その代金は卿と折半にしよう」
「卿が…か?」
 言われたロイエンタールは意外そうな声を上げた。思わず彼もミッターマイヤーを見る。
 ミッターマイヤーは笑顔を浮かべていた。心底嬉しそうな、爽やかな笑顔だった。そこに何の隠し事も存在しない。本当に台詞のままに気持ちを表現しているような表情だった。
「ああ。俺も彼女に何かお礼をしようと思っていたからな。それに卿が半額持ってくれるなら結構な物を買えるから、俺としてもありがたい」

 ――こいつは敵わないな。
 ミッターマイヤーのこの台詞と笑顔を見たロイエンタールは、まずそんな事を思った。
 おそらくはこの場を収めるための才覚には違いないのだろうが、心の底では本当にこんな事を思っていて嬉しく感じているから、俺には奴の言動が嘘に聞こえないのだ――と、ロイエンタールは感じた。
 全く、真似が出来ない芸当だと彼は思う。自分と来たら打算と義理で奴の奥方にお礼をしようとしているのに、そんな俺の拙い贈り物を頭ごなしに否定せずに代替案を提示してきた。俺の「礼」としての態度を尊重しているから、このような事が出来るのだ――。
 
 ちらりとロイエンタールはミッターマイヤーを見た。
 ミッターマイヤーは真面目な顔をして、ロイエンタールを見ている。そのグレーの瞳は普段の軍事行動の際と同じく真剣みに溢れていた。強い意志がその奥底に感じられ、この瞳に宿る光こそがこの青年元帥の積極果断さを表しているかのようだった。

 ――この瞳を、俺はいつも信用しているのだ。
 ロイエンタールは瞬時にそう思い、微笑んだ。目元を細め、色が違うふたつの瞳でグレーの瞳を見詰める。
 
「それでは、手間を取らせて申し訳ないが、頼む」
 テーブルの上の書類を片付けつつ、ロイエンタールはそう言った。
 ミッターマイヤーはその台詞に大きく、力強く頷いた。

 今度はホワイトデーです。
 実はまだ終わりません。これを踏まえてミッターマイヤーが何を準備したか、それは明日の更新で明らかにしようかと思います。
 多分ここまで読めばお判りでしょうが、これコメディみたいなもんですから。シリアスじゃないですよ。前作バレンタインネタも俺的にはコメディなので、そう言った枠組の中にあるとお思い下さい。
 
 実はバレンタインネタを書いた時点では考えてませんでした。しかし3月始めにホワイトデーの存在に気付き、その頃からネタ出ししてました。
 地道に完成が伸びてましたが「F1開幕戦が終わってからでも間に合うさー」と気楽に考えてました。が、その開幕戦が終わった翌朝、CSウェザーニュース見てたら「明日のホワイトデーには…」とかとお天気お姉さんが口走ってました。
 その時点でようやくホワイトデーが間近だと気付きました。日程の感覚がなかったんだな俺。
 それでは、これ以上の後書きは明日の後編アップ後に。
06/03/14

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