体に伝わる僅かな振動で、俺は目を覚ました。 …どうやら眠っていたらしい。吐き出す息は熱く、瞼は重い。酒の匂いが自分から漂ってくるのを感じた。そこまで深酒をしたつもりはないが、目覚めてすぐに感じた感覚がこれだ。 最前線で軍人を数年続けている関係上、少しの異常であっても体はそれを捉え、反応するようになっている。今もその能力が発揮されただけに過ぎない。指で瞼を押さえ、擦り上げた。そして眼を開き、前を見る。 無人タクシーの後部座席に俺は座っていた。窓の外は夜の闇であり、道路に均等の間隔で設備されている街灯がぼんやりと光を発している。車内は冷たくも熱くもない。 俺は状況を思い出した。隣の座席を一瞥する。 「――おい、着いたぞ。起きろ」 そう声を掛けた先――俺の隣では、独りの男が車のシートに体をしっかりと預けていた。横顔を窓に押し付け、寄りかかっている。どうやら、完璧に眠っているらしい。 …俺と同じような軍歴を持つ男が、同じように酒を飲んだ後に、同じような振動を体に感じたはずだが。俺とは違い、全く目覚める気配を見せない。これで果たしていいのだろうかと少し心配になるが、戦場ともなればこれほど頼りになる男はいない。スイッチの切り替えが上手い奴なのだろう。 それはそうと、俺達が感じた振動はこの無人タクシーが停止したために起こったものである。そして路肩に停車したまま、車体は動こうとはしない。つまりは無人タクシーに乗り込んだ際に指示した目的地に到着したという事だ。これ以上この車に乗っていても何も起こらないし、むしろこの車を早く解放してやるべきだろう。 俺はドアのノブに手をかけた。車内から扉を開ける。既に降車モードに入っている事により、俺の動作に車は従う。 ひとまず俺が車から道路に下りる。車内の温度と外気温にそれ程齟齬はなかったようで、寒さも暑さも感じない。道路に立ち、今まで座って眠っていたために少し乱れ、皺が寄っていた軍服を軽く引いて直す。 それから俺は車の反対側に回る。スモークグラスの窓であるために、中の様子は外からは判らない。ドアノブを掴み、上げ、開けた。 …中から押される感触がドアから伝わる。俺は嫌な予感がして、ドアを一気に引くのを止めた。一旦ドアの留め金だけを上げた状態のまま、固定する。そして片手をドアの隙間に当てるようにして、ゆっくりとドアを開けに掛かった。 案の定、そこから蜂蜜色の頭を持つ軍服姿の男がぐらりと姿を現した。ドアに身を預けて寝ていたのだから、そのドアを開けられてはそのまま体が外に飛び出してきて当然か。俺はそいつの肩を片手で掴んで支えた。体に全く力が入っていないらしく、支えられた奴は頭を垂れ揺らしている。 「…いい加減に起きろ」 俺も流石に呆れた。肩を掴んで車外に体を出し、肩を貸してやる。全く体に力を入れてくれないために、完全に俺に体重を預けてくる。小柄な奴だが筋肉で均整が取れた体型をしているから、俺程ではないがそれなりに体重はある。肩に伝わる感覚は、軽くはない。そもそも俺には男を抱える趣味もなかった。 半ば苛付いた俺の呼び掛けにも全く応じる気配がない。――そんなに飲んだか?そこまで酒に弱い男でもあるまいに。 俺は溜息をつき、無人タクシーのドアを閉める。それを合図としてタクシーはランプを数回点灯させ、ゆっくりと走り出した。料金は後々口座から引き落とされるだろう。静かなエンジン音と明るいテールランプが徐々に遠ざかっていくのを、俺は見送った。 路肩から歩道に歩みを進める。周りを見渡すと、住宅街である。そろそろ日が替わる時間帯だからか、人通りはない。只、街灯と家の中の転々とした灯りが、人の気配を僅かだが確実にこの辺りに感じさせていた。 |