………目を開くと、薄闇の中だった。
 通常航行の状態だったようで、静かだ。睡眠を取る時間帯だったために、室内灯も最小限の灯りのみになっている。空調も通常通り、人間が過ごし易い温度に設定されている。どうやら現状は戦闘状態にはないらしい。これからもそうかは、判らないが。
 壁に備え付けられている窓状の画面を操作すれば、外の風景が画像処理されて映るだろう。が、どうせ変わり映えがしない星空が映るだけだろう。だからその操作を行うつもりはない。
 溜息をついて寝返りを打つと、少々硬いベッドの感触が伝わってくる。士官用の個室が割り当てられている身分であるからそれなりにまともなベッドであるはずだが、それでも自宅とは比べ物にならない。貴族の一員ではあるのだが、帝国騎士如きではこの程度の待遇か。それでは平民の士官は本当に硬いベッドしか与えられないのではないか。俺はそう思う。
 少しばかり、体が痛い。俺はそれに微かに苛立ち、舌打ちをする。
 初任務で命を失わなかった。それどころかそれなりの功績を立てた。怪我もこの程度――少々の打撲程度だ。包帯すら巻く事もなかった。広義の意味では「無傷の生還」だろう。上出来だ。
 だが、何だあの夢は。
 今まで俺は寝ていたのだろうが、一体あの夢は何だったのだ。
 俺が子供だった頃の設定の夢か?しかし俺はああまで折檻を受けた覚えはない。むしろ放置されていた。両親はあれ以来、俺に全く関わろうとしないまま、死んだ。
 では、俺は、あの人間達に関わって欲しかったのか?
 馬鹿馬鹿しい。そんな事になったら、本当に血を見ただろう。俺には全くその気はなかったが、俺の存在自体が彼らを――彼らの人生を狂わせた。俺達は関わりあってはならなかったのだ。彼らの選択は、おそらくは最良だったのだ。だから俺は何とか生きている。――俺が今もって生きている事に意味があるのかは、謎だが。
 ――そして、あの男は何だ。子供の俺を夢の中で助けた男。
 全くふざけた設定だ。黒と銀に彩られた服。現状の帝国軍軍服に似ているようでいて微妙に違う服装だった。マントを装備していると言う事は、元帥か?あんなに若いのに?それこそ子供の頃に読んだ空想小説の類だな。
 あれがあり得ない存在だと俺自身が判っているから、あのような紛い物の軍服をわざわざ設定したのか。俺を救ってくれる存在などあり得る訳がないから、あのような男の姿だったのか。
 それとも、子供の頃に、あのような人間に出会っていたかったのだろうか。あのような眩しい大人の隣に居させて欲しかったのだろうか。
 俺が闇の属性だから、光の属性を持つ相手を欲するのだろうか。ああまで陽の雰囲気を醸し出してやまない人間に憧れるのだろうか。俺が決して得る事が出来ない気質だから、せめて隣で眺めていたかったのだろうか。それが俺の本心なのだろうか。
 …ああ、全く馬鹿馬鹿しい話だ。
 初めての実戦帰りのせいか、気分が変なのだろう。だから妙な夢を見たのだろうし、今も妙な考えに取り憑かれているのだろう。全く、隣に女が居ないのも考え物だ。
 今からでもいい。あんな男が居ればいい。俺と知り合い、関わり合いを持てば、俺も少しは変わるだろうか。何か救われた気分になるのだろうか。
 もっとも、あんなに気立てのいい男が現実に存在するとしても、俺などのような下らない人間に関わってくれるとは考え難かった。結局はあの夢同様、無い物ねだりだ。
 俺は自らの下らない考えを否定するために、舌打ちをした。前髪を軽く摘み、持ち上げる。――戦場だから切っている暇もなかった。伸びたな。オーディンに戻ったら女を捕まえる前にひとまず身なりを整えるか。
 時計に目をやると、まだ眠っていい時間だった。…ああそうか。今日は俺の誕生日らしい。時計の日時を見てようやくそれを思い出した。だとしたら、誕生日に妙な夢を見たものだ。祝いにもならないような、馬鹿馬鹿しい夢だ。
 苛立たしい。眠り直そう。二度寝してしまえば、あの下らない夢の事も、起きた頃には忘れてしまうだろう。

 
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