大きな木の上と下
「――って、人の話は最後まで訊かんか!この馬鹿息子ー!」

 私が玄関先に戻って来た時には、そんな台詞を叫んでいるおじさまの姿しか見当たらなかった。

 彼がその台詞を投げ付けている背中は、もう遥か遠くまで走り去ってしまっていて。黒と銀の軍服姿はまだ見慣れないが、その配色が蜂蜜色の明るい髪を一際目立たせるようになった事は見て取れる。相変わらず足は速く、あっと言う間に通りの向こうまで走り去り、そして姿が見えなくなる。
 おそらくは私の事を目に留めてくれていたなら、すぐに足を止めてくれたのだろう。しかしそれもなかったと言う事は、もう全てを視界に入れていなかったのだろうか。

「…ああ、エヴァ。すまんな…ウォルフの奴、何処かに逃げてしまった」
「いえ…私もウォルフ様が帰って来られたと聞いて、すぐに庭から戻って参りましたのに」
 苦笑するおじさまに対し、私も自然に苦笑が漏れてしまう。
 ――息子が戻ってきたらしいよ。日課である庭の芝生の手入れをやっていたら、おばさまからそう訊いて。私も久し振りにウォルフ様と会いたかったから、すぐに玄関先までやってきたのに。一足遅かったらしい。一体何を急いでらっしゃるのやら。

「――まあ、あの子も夕方になったら戻ってくるでしょうよ」
 のんびりとした女性の声が私の背後からする。小走りの私の後ろから、おばさまがゆっくりと歩いてきていた。
 私の後ろから一歩進み出て、おばさまはおじさまの隣に立つ。こうして見ると、小柄で良く似た夫婦だと思う。
「あの子にまた妙な事言ったんでしょうよ全く」
 今この場にいる人間の中で一際小柄なおばさまが、おじさまを見上げて指を突きつけてそう言った。それに対しておじさまは、口の中で何やらもごもごと言っている。



 ミッターマイヤー家は首都星オーディンの郊外の住宅地に位置する。郊外とは言え交通の便は良く、生活には全く困らない。それに造園業を営んでいる都合上、郊外に住むという事は、庭用に広い敷地を確保出来ると言う利点の方が大きい。
 私は父母を戦争で亡くし、数年前からこの家庭で過ごしている。遠縁を頼っての事だったが、私は本当に恵まれた娘だと思う。
 首都星ではあるが郊外であるために、家と家の距離は非常に遠い。住宅の垣根の向こうには舗装されていない草むらが点在している。勿論、輸送用や交通用の地上車が走るための道路も敷設されている。
 ミッターマイヤー家がある一角の向こうには、小高い丘がある。春から夏を過ぎ、秋が終わる頃まで青々とした草原が広がっている。立て札を見る限りでは国有の財産らしいのだが、殆ど手入れされていない。それにも関わらず派手に荒れる気配がないのだから…不思議な丘だ。
 今は丁度秋が終わる頃で、そろそろ草の色も抜け始める時期だった。緑や赤に染まっていた草が徐々に枯れていき、それが土となり、春には新たな草を茂らせる養分となる…そんな状況だ。

 少し肌寒い。薄手のコートでは足りなかったかもしれない。私は片手でコートの襟を立てて何とか寒さを凌いでいた。もう片手にはバスケット。…通りを行く人に、季節外れのピクニックかと思われたりしただろうか。
 ともかく私は草原の丘を歩いた。夏の暑い日には、毎日必ず数人の子供の姿が見えるのだが…寒くなってきては流石に居ないか。
 歩いて昇っていくうちに、段々体が暖まってくる。息が白いのは単に空気が冷たいからだけではなさそうだ。なだらかな斜面のはずだが、普段ここを昇らない人間には結構辛い。

「――あ、エヴァ!」
 丘の中腹頃に差し掛かった時に、訊き慣れた声が私の名を呼んできた。近くではないが、それでも風に流される事がない元気な声。
 私は声のする方角に視線をやった。丘の頂上付近、その更に上の方角を。

 この丘の頂上には、大きな木がそびえている。確かゴールデンバウム王朝が始まった頃から植林されていると言う事だから、樹齢は500年に達している可能性がある大木だ。
 それだけあって、とても立派な幹に幾重にも枝分かれする頑丈な枝、きっちり茂った葉が通年から目立つ。まあ現在は秋の終わりと言う事もあり、色付いた葉もそろそろ茶色に染まり、散りつつあるのだが。
 大人が腕を回しても捉えきれない太さの幹には蔦が絡み付いていて、それらが生やしている葉も目立つ。こんな風に立派な大木が国有地に生えているのだが、どことなく地味な風貌のせいか「黄金樹」と呼ばれるような名誉には至っていない。
 天に伸びるその木のてっぺん付近の枝。その辺りの枝となっても幹との根元付近は立派な太さを誇っている。
 その枝に跨ったままの状態で、ウォルフ様が私を見下ろしていた。
 ウォルフ様とエヴァたんのらぶらぶ…をやろうと、暢気に書いてたら物凄く長い話になりそうになってきたので、ひとまず区切る。分割してアップしよう…。

 つーか最早SSの域から逸脱してきたよな。マジでF1サイトでやってるような「小説」形式にしてページ分けした方が良さそうになってきた。自分、元々中編書きで、SS暦はそんなに長くないんだよな。
 ファイル数100記念でサイト改装するなら、SSをきちんとした小説形式にしてみたりもするかなあ…。

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