帝国士官学校
 廊下の通りすがりが人知れず去った後でも尚、教室内ではオレンジ色の髪を持つ若者が熱弁を振るっている。自らの戦略論を同僚達に語っている。
 同僚達も最初の方は彼の論理に聞き耳を立てていたが、次第に様子が変化していく。首を傾げたり手を振って見せたりしている。どうやら徐々に彼の論理に飛躍を感じ始めたらしく、ついていけなくなってきたようだ。そう言った聴衆が増えていく。

「――だからな、この攻撃で敵艦隊を分断した後で…」
「…なあ、ビッテンフェルト。そんな事が本当に出来るのか?」
 遂に聴衆のひとりが口を挟む。自らの名前を呼ばれたオレンジ色の髪をした未来の提督は、それに対して向き直る。それから手元の教壇の上の操作盤に目をやった。
「ん?出来るぞ。さっきの配置に戻してみろ…どう見ても敵艦隊のこの辺には隙がある」
「そうか?」
 操作盤をいじって数刻前まで電光ボードの時を戻したビッテンフェルトが説明するが、聴衆は納得いかない様子だった。
「俺にはその隙が判らん。だって敵がこのスペースを埋めてきたら終わりじゃないか」
「その前に分断は完了する。そうすれば回頭してくる艦を順次潰していけばいいだけだ」
「…そう上手く行くかね」
「普通にやれば出来るぞ?何故出来ないと思うのだ」
 どうやらビッテンフェルトとその他の人間との間では認識に差異があるようだった。
 ビッテンフェルトに質問を投げかける側は、彼の作戦を楽観的過ぎると思っていた。そんなに敵が上手い具合に陥ってくれるとは思えなかった。無謀な策であると感じ、だからビッテンフェルトに対して異議を申し立てる。
 対するビッテンフェルト本人は、当然ながら自分の作戦に絶対の自信があった。無謀であるなどとは全く思えなかった。
「実際、俺はこの手の戦術でシミュレーションに勝てるぞ」
 …彼は、そんな根拠を持ちえているのだった。事実、彼は現在の士官学校でかなりの勝率を誇っている。歴代の出身者においても上位に入ると言える。
 だから彼は強気であるし、また他の人間には「何故これで勝てるのか」自体が理解出来ないのだった。無謀にしか見えない作戦だと言うのに、何故コンピューターや模擬戦の相手はやられてしまうのか。それを理解したくて今、ビッテンフェルトを囲んで戦術論を交わしていたのだが、この通りの展開である。

「――で、この後に、少数の敵艦隊が退路を塞いできた場合だが…」
「ああもういいよ…」
 遂に聴衆は白旗を挙げた。理解の範疇を越えてしまい、最早彼の論理を訊いていても自分の身につかないと思った人間ばかりらしい。
 あっさり諦めてしまった聴衆に対し、ビッテンフェルトは腕を振り上げる。
「おい、まだ話は終わってないぞ」
 彼に対して同僚達は笑みを浮かべた。それは素直な微笑とはとても言えない代物だった。
「お前の論理は判らん。が、それでも勝てるんだから対したもんだ」
「凄いな、お前なら相当の提督になれるさ」
 ビッテンフェルトは彼らの台詞とその笑みに対して、微妙に鼻白む。台詞の内容だけを取り上げたなら、彼を褒め称えるモノだった。しかしその笑みは、自分達に理解できないものを適当に遠ざけようとする態度に思えて仕方なかったのだ。

 ――いつもこうだ。何故、他の奴には理解出来ないのだ。
 教壇の前から聴衆が去り、ビッテンフェルトはひとりごちる。彼自身は何も特別な事をしているつもりはなかった。
 彼が取る作戦に対して、「無謀な作戦」と同僚や教官は彼に注意をするが、結局彼は模擬戦で勝てるのだ。だから彼にとってそれは無謀どころか理に適っている作戦のつもりだった。それを説明してやっているのに、結局理解して貰えない。
 かなりの成績を誇っているが、結局誰にも理解して貰えない。その事は彼にとってかなりのショックだった。溜息をついて操作盤をいじって電光ボードの内容を消去しに掛かる。

「――すいません、先輩」
 遠くから不意に声がした。それは意外な存在だった。ビッテンフェルトは声がした方向を向く。
 講堂形式の教室のため、席は後ろに行くに従って階段状に昇っていく。その席の一番後ろに、士官学校の制服を着た人間が居た。
 ビッテンフェルトはその人間を全く認識しないまま、今までの戦術論を展開していた。今まで教壇の周りに居た聴衆のみを対象にしていて――そもそもあの聴衆は同僚だったが、こいつは俺は全く知らんぞ?彼はそんな疑問を抱く。
 オレンジ色の頭が自分の方を向き、視線を向けられた方は彼に対して姿勢を正してみせる。手にしていたペンを机の上に置くと、広げていたノートの上を転がった。
「先制攻撃が成功したとして、残存した敵艦隊が追撃に入った場合はどうしますか?」
「…何だお前。ここは子供の遊び場ではないぞ」
 最上段の席を見上げたままのビッテンフェルトは首を傾げた。彼の視界に認識された「士官学校の制服を着た人間」は、どう見ても士官学校生の歳には見えなかった。背伸びしたい子供が兄の制服を借りて潜り込んできたのか。そんな風にしか思えない。
 声も未だに変声期を迎えていないようで幼さを感じさせるが、それは1年生ならば納得出来るかもしれなかった。…しかし…とビッテンフェルトは他の容貌を見て考え込むしかない。が、次の台詞で彼は愕然とする事になる。
「自分はこの学校の生徒ですよ」
 どうやらその手の扱いには慣れているらしく、それ程気分を害した様子もない淡々とした口調だった。台詞の内容を考えると、士官学校の生徒としては当たり前の事を述べているのだろうが、それだけ様々な人間に勘違いされる事が多いのだろう。

「――そうだ。先輩に見て頂きたいモノがあるんですよ」
 愕然として固まったままのビッテンフェルトをよそに、子供のような士官学校生は席を立つ。ノートを小脇に抱えて小走りに階段を駆け下りる。それに合わせ、制服の合わせである革靴が軽やかな音を立てた。
 どうやら後輩らしい生徒がビッテンフェルトの隣に立つ。そのままノートを広げてくる。ビッテンフェルトの前でページが捲られると、彼はそれを手に取った。色々と書き込まれたノートを、ビッテンフェルトは怪訝そうに見た。
 陣形と様々な注釈、時系列にまとめられた艦隊情報。それらの内容を理解するに従って、ビッテンフェルトの表情が一変した。
「味方艦隊の初撃の後、敵艦隊の動きを予想した上で迎撃体勢を整えてみました」
 ペンを指示棒代わりに説明する後輩に向かい、ビッテンフェルトは顔を上げた。
「おい…まさかこれ、さっきの俺の話を訊いてお前が考えたのか?」
「はい」
 事も無げに応えられ、ビッテンフェルトは絶句した。そして、自分が他人に対してそういった感情を覚えた事に対しても、驚いた。
 他人のノートを目の当たりにして、自分の脳内で様々な事を考えている。自分ならどうするか、この戦況をどうしてみせるか――このような状況に陥った事は彼には今までなかった。

「――どうして他の先輩、判らないんでしょう?自分には判るのに」
 その言葉が、ビッテンフェルトを思惟から引き戻した。それは今まで、ビッテンフェルト自身も感じてきた事だったから。
 ノートを両手で開いたまま、ビッテンフェルトは後輩を見た。自分より背がかなり低い相手だった。見下ろしたら、蜂蜜色の髪のつむじが見えてしまう。視線に気付いたか、少年は顔を上げた。年下には違いないが、ビッテンフェルトにはとても1,2歳の違いとは思えない。小柄であったし、顔のつくり自体が幼かった。

「俺は、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだ。お前――何者だ?」
 長身であるオレンジ色の髪の先輩を見上げる少年は、問われて礼儀正しく敬礼の姿勢を取っていた。
 挿絵はこちら

 てな訳で続き。でも今度はビッテンフェルトとミッターマイヤー。

 ミッターマイヤーは勉強熱心だと思うので、成績優秀な先輩の話が訊けるとなったら潜り込みそうです。そしてビッテンフェルトは、同僚なんかに聴かれたら準備してでも色々解説してくれそうです。
 そして出会う訳ですよこいつら。その後もそんなに頻繁に会う事は出来ないでしょうが(学年違ったらカリキュラムも違うから時間の都合つけるの難しそうだし)、会った時には戦略・戦術論で大盛り上がりですよきっと。ビッテンフェルトは兄貴風吹かせるタイプだろうなあ。後輩可愛がるだろうなあ。

 …そんな過去あったら、提督時代に再会したら何だか気恥ずかしいやら懐かしいやらだろうな。絶対に他の提督には知られたくなさそうだよ。でもそんな風に議論戦わせる仲になってたら、ビッテンフェルトが卒業する頃には名物コンビみたいな扱いにされてそうだから、知ってる奴は知ってそうだよ。
 ちなみにロイエンタールも常勝学生として有名になりそうですが、ビッテンフェルトみたいに他の学生に進んで講義してやるなんて事はしません。だからミッターマイヤーとの繋がりなんか出来ません。

 つーかアニメ版の後半から銀英伝に入った自分ですが、その際に二次創作漁ったら「士官学校時代から知り合ってる双璧ネタ」ってのが時々見受けられました。それを公式かと信じそうになりました。
 まあ、楽しそうではありますし、先輩後輩として仲良くする双璧ってのも面白いですよね。

 絵の話。コミスタ使ってるんだし、真面目にペン入れしてみました。原稿用紙とかに自分で書くのとあんまり変わらん…ツールの進歩って凄いなあ。
 これ、ミッターマイヤーなんですけど、幼過ぎる&髪が乱雑過ぎますかね。趣味に走ってしまった。

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