孤高の神 - idol -
 建設されたばかりだと言うのに、リラクゼーションルームには森林の香りが既に充満していた。自然との調和を謳った部屋。公園と見間違うかのような室内では、研究員が何人か休息を取っている。
 自分の脳を電脳として使用し、それが情報に曝され続けるこの電理研においては、職員全員に休息義務がある。常時接続していてはやはり人間も参ってしまうものなのだろう。
 私は電脳化してまだ日数が浅い。人工島に定住を決めてからすぐに行ったとは言え、数ヶ月と言った所だ。脳で念じるだけで頭の中にインターフェイスが繰り広げられる光景にもようやく慣れてきた。この部屋に居る職員達は、この機能をいくらでも使いこなしているのだろう。
 私の存在に彼らは気付いたようだった。視線がこちらに届く。私はそれを察し、彼らに会釈をした。爽やかで和やかで…とにかく他人を安堵させる雰囲気を保つように心掛けた。それがここでの私の仕事なのだから。そこに居たのは男女の研究員だったが、そのどちらも私に笑顔を返してくれている。どうやら私の試みは成功しているようだ。
 ふと、室内にざわつきが起こった。広大なリラクゼーションルームには入り口がいくつかあるのだが、そのうちのひとつの方向からだった。それは徐々に室内であるこちらに近付いてくる。私はその声の方向へ視線をやった。
 そこには、電理研の制服に白衣を羽織った壮年の男がやってきていた。この会社に勤務する人間ならば、普通の格好である。
 違うのは、その彼に誰もが挨拶をする点だ。彼は慣れたように彼らに手を挙げて応対している。その動きも自然だ。
 私は彼を知っている。この人工島の住民――いや、そうでなくとも、彼を知る者は多いだろう。容貌は知らずとも名前や役職を訊けば誰でも知っているはずだった。
 私は駆け出した。それでも型を崩さないように自然な振る舞いを保つように心掛けていた。
 そして私は彼の前に立つ。無論、立ちはだかるような位置ではなく、少しずらした立ち位置に。誰もを不快にさせないように振る舞う。それが私の仕事だ。
「――久島部長でいらっしゃいますね」
「ああ、あなたは――」
 彼は私の顔を見やる。記憶を辿って何かを思い出そうとしているのだろうか。それともメタルで検索でもしているのだろうか。その区別が全くつかないのが、この島の住民達だ。
「――人工島プリンセスでしたね。私は審査に関わった訳ではありませんが、その後のパーティでお見かけしたかと」
「はい」
 彼が導き出したのは、そつのない答えだった。だから私も微笑んで頷く。確かに彼の答えは真実だった。
 補足するならば、そのパーティは私の任命のためのものであったが、彼は多忙につき少しだけ顔を出して退席したために、私は彼に挨拶を未だにしていなかった。私は彼の周りの人間を押し退けてまでは挨拶を出来ない立場である。だから今回、この機会に私は彼に面通しをしようと試みているのだ。
 ともかく今、私の前に居る彼は、柔和な表情をしていた。このような応対には彼は立場上慣れているのだろう。私は未だに誰もに気を遣っているが、彼は最早自然に出来るレベルに至っているのではないだろうか。
「人工島には最近いらっしゃったのですか?」
「そうです」
「これからはあなたの世代がこの島を担う事となるでしょう。既に選ばれた立場であるあなたに言うのも今更でしょうが、心して励んで下さい。期待していますよ」
「光栄です。ありがとうございます」
 私は頭を下げた。確かに私はこの島で選ばれた。容貌においても、頭脳においても。人工島プリンセスとは単純なミスコンではなく、全てを試され選ばれる立場だった。だからこそ賞を貰うだけに留まらず、様々な仕事を与えられるのだ。
 ふと頭を上げる。そこに、掌があった。見上げると、彼が私に手を差し伸べて来ていた。
 私は一瞬躊躇する。彼が求めているのは握手なのか、それとも――この島では区別がつかない事がある。迷ってしまう。
 しかし私はとりあえず、握手と思う事とした。当たり前だ。彼は私と電通する理由がない。私は彼の掌に、手を触れさせる。
 当たり前の話だが、何も起こらなかった。私の電脳は沈黙している。只、彼の掌の暖かさのみが伝わってくる。
 ――全身義体と訊いたけれど。感触は人間そのものだった。
 不意に私はそこに何かを感じた。彼の顔を見る。
 しかし、私は静かに頭を下げ、その手を離した。彼も軽く会釈し、私から離れていく。すぐさま白衣の人物が何人か、彼に駆け寄ってくる。リラクゼーションルームだと言うのに、忙しそうな人間も多いものだ。
 私は彼の背中を見送りながら、感じた事を脳内で繰り返していた。
 ――彼の魂は、孤高だ。
 私はスピリチュアルなものにはのめり込んではいない。この科学が発展した現代――特にその最先端を行くこの人工島においては、そんな考え方はナンセンスだからだ。
 しかし私は彼の魂を見出したような気がしたのだ。
 彼は全身義体で、目に見える姿が全く当てにならない人物だからかもしれない。どう見ても30代にしか見えないあの姿で、実は60代なのだそうだから。



 人工島の主軸を成すメタリアル・ネットワークの創始者にして、現在もその中心的な地位に君臨する人物。久島永一朗とはそう言う人物だった。
 彼が天才である事は疑いようもない事実だ。そしてそれ以上に、彼の容貌があのような姿である事が彼の神格化の一因となっていた。
 まるで不老不死であるかのような若々しさ。全身義体なのだから当たり前と言えばそうなのだが、現在においても全身義体化と言う選択肢を取る人間はなかなか存在しない。
 全身義体化は金銭的に一般人には難しい行為である。更に彼は有機的な物質で作られた義体に乗り換えており、機械体の義体と比較して更に桁が跳ね上がる。
 そもそも現在は科学技術だけではなく、医療も発達している。以前は不死の病と呼ばれていた様々な疾病も完治出来るし、老いたとしても適切な処置を受けていれば肉体労働すら可能だった。だから老いのために敢えて「人間」である事を捨てる必要もない。
 ならば、彼は何故人間ではなくなったのか。しかも何故、あのような若い姿を選んだのか。その辺りに彼の神秘性を見出す向きもある。
 彼は結局は一介の研究者であり、個人的な事情などメディアに何も語る訳もない。下世話に彼にそんな事を訊ける人間も居ない様子だった。だから彼を見上げる一般人達は、彼の人となりを想像するしかない。
 メタルに人生を捧げるが故に、肉体の年齢から完全に解放されたいのだろう――と言うのが、定説である。それすら凡人には出来ない選択だった。だから彼は憧れを抱かれ、神格化されるのだ。



 希少な全身義体の人形遣い。そしてメタルの創始者。そんな彼に興味を持つ人間は多い。私もそのひとりになりつつある。
 彼への興味が高じ、彼が携わるメタルに共に関わるために、電理研を目指す者も少なからず居るはずだ。だからこそ、あのリラクゼーションルームのような光景になるのだろう。
 しかしそれは狭き門である。それに、そもそも私の専攻は情報工学でも海洋学でもなかった。
 だから、私は別のアプローチを取る。と言うか、以前から私が目指していた道がそれだった。今となっては、私が目指す道の先に彼が居るかもしれないと言うだけだった。
 評議会。人工島の政治を司る機関。推薦と選挙を経て、私はその末席に選ばれていた。人工島プリンセスやそれに伴う仕事により、私の経歴にはそれだけの箔がついていた。
 一委員であっても仕事は充分に忙しい。そんな中であっても、人工島の支配者のひとりに関する噂は自然に届いてくるものだった。評議会は電理研に働きかける立場でもあるために、その統括部長の情報は仕入れようとするものだった。
 多忙な中、私は彼がプライベートで何らかの付き合いを持っている事を知った。彼のパーソナリティは未だに人間であるのだから、誰かと個人的に付き合っていてもおかしくはない。
 彼の実年齢相応の老女と彼はたまに会い、何らかの実験を繰り返している。それはどうやら、メタルと関連性があるらしかった。これは下世話な話ではなく、研究目的のものであるようだ。
 その老女がネオブレイン社の社長であり研究者との事実も、遅からず明らかになった。託体ベッドが主力商品となっている会社である。そのシェアは人工島の90%以上を占め、独占的に利益を上げていた。彼はその企業に協力しているに過ぎないのだろう。一企業に統括部長が自ら協力すると言うのも肩入れが過ぎるきらいがしないでもないが、彼らの技術力を買っているのだろう。
 やはり、彼のパーソナリティは見えない。
 その容貌で時の流れから自己を隔絶させているだけあり、彼は結婚していなければ子も居ない。全身義体となった以上生殖は不可能であるが、生身であった頃に精子を保存しておけば今でも人工授精などで子をもたらす事は可能であるはずだった。彼がそれに気付かないまま生身を捨てる訳がない。とすれば、血を遺す意思はまるでないのだろう。
 ――彼はメタルの創始者であり求道者だ。
 しかし、私には、彼が殉教者であるように、思えた。
 孤高である魂には誰も近付く事は出来ない。



「――アイランドの変電所融解の件についてお伺いしたくて」
「報告書の通りですが」
「報告書に載っていない事…例えば、波留真理と言う凄腕の電脳ダイバーについて」
 私がその名を出した途端、彼からの通信は沈黙した。
 実際に会って向かい合わせの会話ではない。アバターすら介していない。単なる電通だった。しかし彼の感情が僅かにぶれるのを、私は感じ取っていた。
 波留真理。私は以前からその名を知っている。彼が保証人を続けている人物だった。法律上登記されている事項なのだから、評議会に所属した時点で、軽く調べたらすぐに判る事だ。更には今の私は評議会の書記長である。立場上は彼と同等、実質的には上となっている。
 実を言うと私は、その人物を彼が確保し続けていたのは、あの女性と共同で行っていた実験における検体だからだと思い込んでいた。彼らはその人物を用いてブレインダウン症例の究明を行っていた様子だったから。
 最近になってその人物がリアルに帰還してからも、彼は保証人を降りる事無く確保し続けている。しかしそれもまた、人道的な見地からの措置だと思っていた。実験が終了したからと言って、社会復帰も危うい年齢の人物を放り出せはしないだろう。だからこそアイランドの隔離施設に留めたまま、それ以降は会いにも行かないのだと。
 しかし、どうやら違うらしい。その人物は電脳ダイバーとしての才能に溢れていたそうだ。彼はダイバーとしての適性をこの人物に見出していたからこそ、面倒な実験を行っていたのだろうか。ブレインダウン症例の究明はあくまでも副産物だったのかもしれない。
 目覚めたこれからが、あの検体の本番なのだろうか。彼はそのデータを取り、メタル研究のために検体を利用し尽くすつもりなのだろうか。
 しかし、私はふと思う。
 もし、私のその推測も、事実と違うとすれば?
 彼に似つかわしくない感情。同情とか憐憫とか――いや。もっと適当な言葉がある。
 友情。
 親愛の感情。
 そんな、単純かつ強烈な感情により、単にあの検体を長年守り通してきたとすれば?
 神は、人間としてのペルソナを取り戻す事もあるのだろうか。
 何にせよ、興味深い話だった。20年間注目してきた私の大切な人が、そこまで想い続ける人物が居るのだとすれば。孤高である魂に手を差し伸べる人物を、彼が待ち望んでいたとすれば。
 ――時間が動き出したらしい。全てにおいて。
 
 えーと、エリカ様です。もとい、書記長です。
 
 RDトップはたまにマイナーチェンジされてたりしますが、この前の更新で「皆纏めて愛してやる!」な羅列に追加されてるのを把握していた方はどれ位いらっしゃったでしょうか。
 いや、9話見て、衝撃のソウタと書記長のシーンがね。そりゃびっくりだったけどさ。
 「大切な人」発言で、ふと、エリカ様→久島だったら、ほだされそうな自分が居る事に気付いたんですよ。そして書記長って初代人工島プリンセスだから、単純に考えて20年間想い続けてたらとかさ。

 ………守備範囲広過ぎです俺様。
 カオスでフリーダムなアニメで二次創作やってると、作風もカオスでフリーダムになるようです。
 あの羅列にジェニー・円とか入ってきたらいよいよ終わりって気がするよ。でもこの分だとそのうち入っちゃうような気がするよ。俺ってそんな顔(ry
 本当に、皆大好きです。このアニメ。

 もっとストレートに、エリカ様が久島に矢印出しまくっても良かったかなあ。でも難しいですよ。現在の書記長はあんなだから。

 そして、正直ネタちゃうんか位に久島を神格化してみましたよ。実際一般人からはこんな扱いなんでしょうか彼。
 だとしたら波留が目覚めたら確かに、茶飲み友達として暇さえあれば和みたいだろうなあ。まともに人間扱いしてくれる殆ど唯一の相手だから。ミナモだってそうだよな。波留だけじゃなくて久島も救われてるんだなあこの状況。

 まあ9話見て週末から考えてて、書き上げた話ですよ。10話はどんなんかなあ(GyaO組だからまだ見てない

08/06/11

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