天上にて
 ヴァルハラと言う世界は、地上と対して変わらんらしい。
 それが俺が現世に別れを告げてからの第一印象だ。

 伝承にある「ヴァルハラ」とは、元来武人達が死後に向かう場所であり、そこでは延々と戦いが繰り広げられる…と、普通の人間はあまり行きたくないと言うのが正直な気持ちである場所ではないだろうか。しかし実際に行ってみて、その伝承はかなり間違っていると判った。まあ伝承自体が西暦に縛られていた人間の、更に過去の一地方の伝説なのだから…無理もないか。
 そもそも「実際に死んでみた」人間が現世に情報をフィードバック出来る訳もない。大体、俺とて戦友と「ヴァルハラで会おう」だのと会話した事がないとは言わんが、実際問題として死後の世界なんぞあるなど思ってもみなかった。多分、その手の会話をした連中の殆どがヴァルハラの実在を信じては居ないと思う。

 ともかく――どうだったろうか?「俺の子」と言う信じ難い乳児を目の当たりにした後に、不意に俺からは生きる気力が費えてしまったのだろうか。あの子供の瞳の色がまともな人間の両眼であった事に、俺は安堵してしまったのだろうか。
 結果的に俺は親友を待ちきれず、共に最期の酒を飲むことも出来ずに、逝ってしまったようだ。最期まで俺は奴に悪い事をしたと思う。迷惑をかけてばかりだ。今更謝る事も出来ぬが。

 しかし、自分が死んだ事を受け入れるには一刻ほど時間を要した。何故なら、死んだはずなのにこうして知覚を確保したまま意識を取り戻したのだから。
 確かに、執務室の自らのデスクに着いた状態で意識を失ったはずなのに、次に気付いた時には何故だか青々とした草原に転がっていたのだから、そこは妙だとは感じた。が、しかしだな…。
 …ヴァルハラの実在をこの身で知ったにせよ、大神オーディンの実在を信じるべきかそうでないか、未だに判らん。が、もしオーディンが実在するのなら、死者を何の断りもなくヴァルハラに放置するのは止めて貰いたいと思った。戦乙女だか天使だかがきちんと導くべきではないか…そう感じた。
 何故そんな事を俺が言い出すかと言うとだ。
 いきなり放り出された格好の俺が草原で唖然としていると、遠くから俺を呼ぶ声がしたからだった。その時点では俺を苛んで来た傷の痛みも消えてしまっている。死に至ったことでその傷も「役目」を果たしたのだろう。
 ともかく、俺に駆け寄ってきたのが、死んだはずのファーレンハイトだった事で俺は合点が行ったのだ。「ああ、俺は死んだのか。ここはヴァルハラか」と。
 逆に言えば、彼が俺を拾いに来なかったら、俺はこの草原で立ち尽くしたままか?この身ひとつでどんな大地とも知らぬまま、旅に出る決意をしなければならなかったのか?俺はゲームか何かの主人公か。
 ファーレンハイトも、そのような事を感じていたらしい。だからヴァルハラ有志が定期的にあの草原を見回っていると言う事だ。
 あまり仮定したくはない事だが、仮にミュラー辺りがヴァルハラ送りになったとすると、彼がそういった世話を一手に引き受けるのだろうなと、現世に遺して来た提督連中に思いを馳せないでもない。

 そんな感じでヴァルハラでは無為に日々が流れていく。生活する上で――死んでいるのに「生活」というのも妙な話だが――中流程度の必要最小限の物品は勝手に供給される。そのシステムの仕組みは良く判らないが、俺としてはそれなりの味の酒に困らないのは嬉しい限りだ。
 大きな戦乱が続いた事もあり、知った顔と再会出来ている。だからちょっとしたゲームの相手には困らない状況だ。
 もっとも、俺の「親友」は未だに現世の最前線で踏ん張っている。奴と早く再会したい気持ちはあるが、その一方でそんなに早く俺の後を追って貰われても困る。再会する資格があるのかも判らぬが、その暁には詫びを入れようとも思っている。
 ヴァルハラにも限りがあるようで、ある一定期間かそれに似た条件を満たした住民は、再度現世に送られる事になるようだ。勿論全ての記憶や情報はリセットされた上で、赤子から人生をやり直す。所謂「生まれ変わり」と言う奴だ。俺が何時生まれ変わるかは知らないが、その前には奴と再会したい。状況が上手く転がってくれるといいのだが…キルヒアイスはまだヴァルハラに健在だったから、数年程度で生まれ変わる訳でもないようだ。

 今日は、俺が最初に気付いた草原にやってきた。持ち回りの当番ではあるが、現世を覗いている連中に言わせると「あれ以来戦乱は起こってないからヴァルハラにやってくる人間は暫く居ないと思う」との事だった。
 そう言えば、この草原にやってくる人間の基準が良く判らん。一般人の姿が見えないとなると、戦死した人間に限られるのだろうか。それとも生前に挙げた武勲が多い者が召還されるのか?他の者にはまた別のヴァルハラがあるのだろうか。
 仮に、このヴァルハラに来られなかった人間の魂はやはり死んだ時に消滅しているとなると、俺達は神だか大いなる意思だかに選別されているという事にもなりかねないのだろうか。それが正しいとすると、それを誇りに思う奴もいるのかもしれないが、俺はあまりいい気がしない。誰かに選ばれると言うのは少々面白くない。
 …俺は皇帝ばかりか、神にも叛逆するつもりか。俺は根本的に叛逆の徒としての魂を持ち合わせているのだろうか。
 そんな事を考えながら、草原を歩いていた。現状に目的がないと、妙な方向に思考が向くらしい。

 と、視界の向こうで、誰かが手を振っていた。見慣れない服。――帝国軍ではない軍服。
 旧同盟の人間か?過去の武勲を持つ人間が今更自決したか?
 このヴァルハラでは帝国も同盟も分かれる事無く召還されてしまう。その後、生活の違いから自然に出来上がったコロニーでそれぞれ生活しているが、大義も何もないこのヴァルハラではそれなりに交流を深めている人間も居るらしい。
 この点にまず面食らう奴が多いのだが…自決した奴の面倒となると、大変そうだな。俺は内心そう思いながら、新たなる住民に向かって走り寄った。
 が。
 俺は召還された奴を見て、固まってしまった。

「――あれ?ロイエンタール提督ですか?あなたがどうしてこんな所に…と言うか、私はどうしてしまったんでしょう」

 大して上手くもない帝国公用語でそいつはそう言った。まあ、同盟の人間なのにそれなりに敵国語を操れる事は賞賛に値するのかもしれない。

「…卿に訊きたい事がある」
 俺は敢えて同盟公用語を使ってやった。すると明らかに嬉しそうな顔をされる。
「何でしょう?」
「卿が死んだのは、6月1日という事になっている」
「はあ…皇帝ラインハルト陛下との会見に向かった時期を考えると、そうなるでしょうね」
 そう言いつつ彼は首を竦めた。ベレー帽越しに頭を掻く。
「そして私が死んだのは、同年12月16日だ」
「ええ!?提督は亡くなられたのですか?そんな、何故です。停戦したのに…」
「その件に関しては語ると長くなるので却下する。――そして、今は新年を迎えている状況だ」
「はあ…」
 要領を得ない返答である。頭を掻いたり髪をいじったりするのは、どこかの誰かも似たような癖を持っているな。
「私が聞きたいのはだ。卿は死んでから半年もの間、何処で時間を潰していたのだ?」
「はあ…その…道に迷って…」
「何だと!?」

 名高い「魔術師」ヤン・ウェンリーとの初対面がこんなものになるとは、俺は思ってもみなかった。
 死後の提督がヴァルハラで暢気にやってる話も時々見かけますが、面白いですな。

 個人的に書きたかったのがね、ロイエンタールとヤンの絡みでね。何だか楽しくどつき漫才繰り広げてくれそうな気がしましてねこのふたり。この後三次元チェスでやりあって、やっぱりボロ負けするヤンに対してまた呆れるロイエンタールとかね。
 現世では自分が天然ボケかましてミッターマイヤーに真面目に突っ込まれる役だったのに、ヤンが自分以上のボケ体質のためにこんなんなりました。ヤンに突っ込み倒してみっちゃんの苦労を判ってやって下さい。

 ちなみに地上でミッターマイヤーとユリアンが仲良くなりつつあるのを眺めていたら「卿は後継者をきちんと育てているのだろうな」「あの子はしっかり者だから粗相はしませんよ」とか言う会話をすると思いますよ。その辺も書きたいな。
 つーかこれ、ifネタカテゴリ行き?

[NOVEL top] [SITE top]