MOTHERLAND
 フェザーンの天候はオーディンやハイネセンと似ていて、四季がはっきりと感じられる。それは人間が地球に縛られていた時代、地球上において人間が過ごし易い気候に似ていた。
 広い銀河系であろうと人間が入植出来る惑星は限られている。そして出来る限り環境が安定している惑星が主要都市になるのは当然の帰越と言えるだろう。地球に似た気候と、時間の経ち方に人間はまだまだ順応してしまうようで、その点では地球教と呼ばれる宗教が今尚根付いていた事象も解き明かす事が出来るようである。

「――もう11月か」
「そうですな」
「先帝の国葬こそ終わったが様々な事後処理は未だに終わらんと言うのに、季節は巡ってしまうものだな」
「まだまだこれからですよ。混乱は年単位で続く事でしょう」
 フェザーンにあるウォルフガング・ミッターマイヤー元帥率いる元帥府は、新帝国がこの都市に拠点を置いてから依然として異動していない。軍事の要職にある元帥の元帥府は相も変わらず接収した建物を使い続けており、元帥府として新たな建造物を作り上げる予定もなかった。
 ミッターマイヤーは、自らの執務室の窓から地上を見下ろしていた。ホテルの最上階に近い場所にあるこの部屋からは、地上の細かい部分を判別するには難しい。それでも通りの街路樹が様相を変え始めているのは見て取れた。地上を歩いている人間の服装も、今までよりは1枚多く羽織ってみたりしているだろうか。一方、空調が行き届いた元帥府に居る限り、外の気候には無頓着にならざるを得ない。
「我々も、忙しくなるのはこれからか」
「そうでしょうな」
 窓から外を見下ろす事にも飽きたらしく、元帥は室内に目をやった。窓の傍には彼の副官であるビューロー大将が立っており、会話の相手をしていた。その手には複数の書類とファイルがある。
 室内ではその他に下級士官の軍服を着た人間達が複数居り、彼らは室内で忙しく動き回っている。その室内は様々なケースやダンボールに支配されている状況で、本来書物を満載していたであろう本棚があらかた空っぽになっている。そしてまだ残っている本棚の書類や机の中身などがダンボールやケースに分類されていく。
 ミッターマイヤーは部下達の仕事に視線をやり、ふと思い出したように口を開いた。その口調は普段通り部下に対して親しみを抱かせる代物である。
「――後任のミュラー元帥に引き渡すのだから、あまり恥ずかしくないように頼むよ」
 その台詞を受けて、作業中の部下達が一斉に手を止めた。まるでこの動きで訓練を受けていたかのように、示し合わせて敬礼を行う。心から上官に対して敬意を込めた動きであったようだ。
 隣に立っているビューローがミッターマイヤーに対して淡々と口を挟む。
「…ミュラー提督は現状では上級大将でいらっしゃいますが」
「いやそれは判っているよ。しかし彼は今度の異動で元帥号を得る事になるだろう。そうでなければ俺の地位とのバランスが取れなくなるしな」
 ミッターマイヤーの返答に、ビューローは軽く目礼した。下級士官達は、上官とその副官の会話を耳にしつつ作業を再開している。

 部下達が部屋の整理をしている以上、上官はこの部屋ではする事がない。かと言って元々は自分の部屋であるために席を外す事も適わない。ミッターマイヤーは手持ち無沙汰に彼らの作業を見守っていた。ビューローはその傍らで、手にしている書類に目を通している。
「――…しかし、卿まで俺に付き合う事もなかったろうに」
 それは普段の彼の口振りとは違い、割合小さな声だった。それでも隣の人間にはきちんと聞こえるだけの大きさである。自分に話し掛けられている内容だと判断し、ビューローは書類から視線を上げた。ちらりとミッターマイヤーの方を見やる。
 自分よりも背の低い上官は、相変わらず直立不動で腕を組んだ姿勢を取ったまま、下級士官たちの作業を見守っていた。ビューローは上官が特に自分を見ていない事に気付き、彼も視線を下級士官達に移す。
「私も閣下と共に国務省入りする事がお気に召しませんか?」
「そういう訳ではないが、何も退役してまで俺に付き合う事はない」
「実質上は元帥府を解体するにしても、形式上は退役せずに元帥のままで国務尚書になられる閣下は、あくまでも特例的措置ですから。この私まで、軍に籍を置いたまま政治に関わるのは好ましくはありません」
 ふたりとも視線を交わす事無く、並んだまま下級士官の作業を見守っている。
「いやそうではなく、俺に付き合って政治の世界に身を置く事自体がな」
「私は閣下の副官として一生を終える所存ですから」
「…そうか」
 立ち位置同様に会話も平行線を辿っていたが、ミッターマイヤーはそう応えた。以降しばし会話は途切れる。

「――政治と言うか、行政の世界は色々大変だろうな」
「畑違いですからな。閣下だけではなく、私にとっても」
 再び会話が始まる。この先を懸念するような会話だが、ふたりの口調は相変わらず淡々としたものだった。
「ハイネセンでも大変だったのだろうか」
「それはその場に居ない人間としては、判りかねます」
「そうだな」
「旧同盟領ですからテロや暴動が多かったように見受けられますが、これからの新帝国とて過渡期なのですから似たような状況になるやも知れませんし」
「卿の分析はいつもためになる。政治の世界でも世話になりそうだ」
「恐れ入ります。閣下のお役に立てるよう、今後も精進致します」
 不意に開け放たれた窓から風が入り込む。それは突風ではなかったが、綴られていない書類を宙に舞わせるのには充分な勢いだった。秋とも冬ともつかぬ冷たい空気が、室内を支配する。風に軽く踊らされる書類を、近くの士官が慌てて追っていた。
 一枚の書類がミッターマイヤーの近くまで飛んできた。ごく自然な動作で彼はその書類を軽い力で手に取る。紙質にはある程度の厚みがあり、掴んだ事によって曲がる事はなかった。彼はその書類を追ってきた士官に微笑んで手渡すと、その士官は酷く恐縮して一礼した。

「ベルゲングリューン大将の件は、悪かった」
 士官が去った事により、会話は再開される。
「閣下は詫びるような事はなさっておりません。むしろ彼が自決した際に醜態を晒した私が詫びるべきです」
 淡々とした会話は相変わらずであったが、この会話を注視していた人間が居たなら、おそらく奇妙な緊張を感じることが出来ただろう。しかしこの部屋に居る他の人間達は、自らの作業で手一杯だった。
「卿こそ何故詫びる。長年の友人が卿の眼前で自ら死を選んだのだ。悲しまない理由はない」
「同様以上の立場にあられた上官が涙を流しておらぬのに、部下が涙を流すべきではありません」
「俺にはそこまで部下の感情を強制するつもりはない」
「矜持、と言う奴ですよ。私の」
「…そうか」
 再び会話は途切れ、ミッターマイヤーは瞼を伏せた。ビューローは視線を手元の書類に移す。
 室内は引越し作業に追われ、それも終わりつつある。
 挿絵はこちら

 再三blogやサイトトップなどで主張しているように、自分はメジャー作品では銀英伝の他に「鋼の錬金術師」が好きだったりします。原作から(ちなみに初めて読んだのがヒューズ殉職の回って辺り、我ながら凄まじく間が悪いと思う)入った人間で、アニメも無事完走(映画も行く予定)。但し第3クール以降はかなりの部分で黙殺対象。作画と声優さんと音楽は最後まで神アニメだったなあと回想。

 で、第3期EDにCrystal Kay「Motherland」起用なんですが、この前発売された全OP/ED収録のコンプリートベストを購入して初めて全曲全フレーズ聴いた訳です。
 元々吹奏系クラヲタだったりするからか、基本的に音楽聴く時は曲調重視で歌詞は後で確認する(全く歌詞カード見ない事もある)んで、今回のコンプリ盤もヘビーローテーションしてたくせに歌詞カードあんまり見てなかったんですよ。だから時折、自覚なく空耳アワーが脳内で開催されていたりします。

 この「Motheland」で、2番サビ部分に「涙流すほど強くなくていい」と歌っていたような気がしましてね。

 これ初めて聴いた時に「普通逆だろ?でもその視点は面白い」とか感じてました。
 個人的にも、子供の頃の方が泣いてないような気がするんですよね。歳喰う程に些細な事で涙するようになったと感じる。それこそ普通のドラマとか、何気ないニュースとかでも。
 それは別に歳喰って弱くなった訳じゃないと思う訳でね。自分で色々な体験を積んで、その積み重ねが自らの感情を豊かにしてきているのではないかと解釈している訳でね。

 別に長年サイトやってる程度にはF1好きなんであっちにも重ねるけど、ミハエル・シューマッハは数年前にセナの勝利記録破って記者会見で号泣してから、凄く表情柔らかくなったよなーと思ってみたりもする訳でね。
 あの時泣いた理由は本人が語らん以上結局訳判らんけど(勝利数でセナ越えたからか?彼が10年前に死んでる以上、記録で越えても結局追い付けないからか?それともセナなんか全く関係なくて、絶不調の果てにようやく勝ててしかもそれが地元だったから安心したのか?或いは表彰台で調子こいてシャンパン一気飲みしてしまった事による泣き上戸か?)、号泣すると言う感情の発露を全世界に晒した事に意味があるんでないかね。ある意味羞恥プレイの極地だけどさ。前年の「ハッキネン・リタイヤ後に木陰で号泣」程じゃないが。
 
 話をようやく銀英伝に持っていくが、ユリアンはヤンを亡くした直後に思いっきり泣いて吹っ切った。それ以降は全く悲嘆にくれる事無く、(ときおりヤンの亡霊見つつも)共和政府司令として任務を果たした。
 彼はヤンを失った事で否応なく強くならざるを得なかったが、見事にそれを果たしたんですよね。まだ未成年だってのに神輿担がれて大変だったろうけど、バックに不良中年ズ(30代突入を認めたがらない奴も居たが)が居るから安心して担がれたんだろうな。

 対して、ユリアン以上に色々なくして来たミッターマイヤーは、結局しっかり泣いてないままだと思うんだよな。
 ロイエンタールを亡くした時は言うに及ばず、ラインハルト逝去時も結局多忙に流されて泣く暇なかっただろうなと思う。本伝ラストでは、本人も「空虚な気持ちを誤魔化せるから多忙な方がいい」と、どうも感情を清算する事から逃げたがっているフシがあったように思えるし。国葬時には、やっぱり豪快に泣いてるビッテンフェルトを宥める役に回るんだろうかね…。
 ある時代が終わった事をきっちり清算しないまま、自分は次の時代を築くサポートに回らなくてはならない。今まで以上に多忙になるだろう。でも自分はその方がいい、その方が楽だ。余計な事は何も考えなくていいから。…そんな事を思ってるんだろうかね。かと言って、過去の素晴らしい思い出に逃避したって空しいばかりだとも気付いてるんだろうな。
 最後の方は酷く疲れていても酒飲まなきゃ眠れないような状況にまで陥っていたし、そのうち体壊すぞ。重鎮が立て続けにいなくなったら新帝国も流石にやばいからご自愛下さい。でも体がやばくなっても周りに気付かせないようにするだろうなあ。苦労症だから。倒れた段階で周りは気づくと。

 じゃあ何故そこまでしてミッターマイヤーは泣かないようにしているのかっつーと…何でなんでしょう。周りに気を遣わせたくはないって事なんでしょうか。
 前も語ったが、直情型と表現される事が多い割には、彼はそんなに感情を露にしてないと思うんだよな。むしろロイエンタールの方が………なあ?要所要所で筋を通そうと自分の意見を強く言う態度は、感情表現とはまた違うだろう。

 じゃなきゃ、泣く程に強くないって事かね、と感じる。自分の感情を爆発させて露見させる事に慣れてないんじゃないかとも。
 まあ、ロイエンタール同様に30過ぎでもう性格の矯正は無理だと思うので、このまま死ぬまで一切泣かずに終わりそうだなあと思う。もしかしたら「温和な一方で、自他共に妥協を許さない冷徹な人格者とも言えた」と後世に評されるようになるのかも知れんなあ。

 ……ああそうそう、この話題にはオチがつきます。
 そういう風に感じ入って、改めて「Motherland」の歌詞カードを見たら、実は「涙なくすほど強くなくてもいい」でした。おーい真逆でんがな俺。
 つまり、ソラミミスト発揮だったと、そう言う訳だよ。ぎゃふん。
 …いや、Crystal Kayって上手くていいと思ってるけどさ今でも。

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