調べ物双璧
 ………成程、確かに俺達は尉官だ。佐官クラスの連中には顎で使われ、かと思えば士官以下の兵卒達を直接統率する立場にある。
 毎日忙しく走り回る事が多いし、これでいて兵卒達の管理も気を遣う。いくら軍隊と言う縦社会とは言え、連中だって人間だ。使い捨ての道具ではない。佐官連中にはそれが判ってない奴も多いのだが。特に中流以上の流れに与する貴族出身の奴にはそれがまるで判らんらしい。
 そんな俺とて帝国騎士であり、下級とは言えれっきとした貴族の一員だ。士官学校に入学する以前から、血筋のみで威張り散らす門閥貴族に足蹴にされる事も少なくなかった。その一方で、平民との付き合いは皆無だった。士官学校以前に通っていた学校は、貴族の子弟のみが通っていたからな。
 だから、軍人となる事を決意して初めて、平民を目の当たりにした。
 士官学校から既に貴族と平民が(制度上は)同じ士官候補生として一定の期間を過ごす事になる。とは言えやはり貴族と平民の壁は高い。が、市井とは違って、その壁を乗り越えようとする意思がある者達にとっては、身分を越えて友情を深め合う事が出来る…ようだった。
 俺は結局誰とも馴れ合う事無く(時折声を掛けてくる奴は居たが)卒業して少尉になったので、その辺りは見聞に拠るだけだ。

 晴れて軍人となり、士官スタートである俺には最初から部下がついてきた。しかし彼らの大半は俺と同じような下級貴族であり、平民は殆ど居なかった。そして貴族と同じ小隊に置かれた平民は、大抵萎縮してしまい貴族の機嫌を伺うのみだった。
 彼ら兵卒は、士官学校出身ではなく市井から徴兵されてきたのだから、市井と同じような振る舞いになるのは仕方のない事なのかもしれない。
 そんな状況なので、俺は彼らと大して話していない。彼らもそんな事を望んでいる訳ではなく、とにかく生還したいだけだったろう。俺はその希望に出来る限り応えてやったつもりではある。…無論、大抵の場合において、全員の望みを叶えてやれないのがこの仕事なのだろうが。

 話が長くなったが、まあともかく、俺達尉官は一番下っ端の中間管理職と言えるだろう。肉体的にも精神的にも酷く疲れる奴が多いのではないだろうか。
 俺は精神的にはそんなにやられる事はない。基本的に部下の命を駒として判断出来る人間なのかもしれない。部下を死なせた事に対して自責の念を抱くのではなく、彼が死ぬに至った作戦の隙を恥じる傾向にあるのかもしれない。
 今回の現場は戦場ではないとは言え、殺人事件の調査と言う性格上、かなりの調査が必要とされる。憲兵隊の連中が頼りないから、職業軍人の俺達がこんな事をやる羽目になってしまった訳だが…何が面白くて証拠品を調査して細かい資料と突き合わせたりする作業まで、俺達がやらねばならんのだ。鑑識すら当てにならんのかこの要塞は。帝国の誇りが訊いて呆れる。

 呆れついでに俺は視線を横にやる。…横にやって、更に下に落とす。
 これこそが、最初に俺が呆れた理由だ。俺達は確かに尉官だ、俺も疲れてるから卿も疲れているのだろうな――と感じたからこそ、今までの話があった訳だが。

 机の上には大判の図鑑が広げられている。カラーページで様々な資料写真が掲載されている箇所だった。しかしその全てを今見る事は出来ない。
 その上に、蜂蜜色の髪をした頭が見事に突っ伏していたからだ。適当に伸び切った髪がページの上に広がっていて、その肩は微かに上下している。襟首が締まったままなのでさぞかし眠り辛いのではないかと思うのだが…。

 ああそうだとも。こいつは俺が気付いたら、すっかり寝てしまっていたんだ!

 俺が面白くもない調査のために、用意した証拠データと図書館の図鑑を虱潰しに照らし合わせていたと言うのに、こいつはもう。最初に図書館に入った時には、他言語の読解もスムーズに出来ていたし資料の読み込みも早いから「見かけによらずかなり頭のいい奴だ」と思っていたのだが…日頃溜まっていた疲れに対して、この図書館の気持ちのいい空調が効いたか。戦場と較べる方が間違ってはいるだろうが、まるで天国のような環境だからな。
 まあそうだな。俺はこう言う環境には慣れている。本が大量にあって、空調が効いていて…まるで子供の頃のようだ。それに対して、こいつは多分外で走り回っているタイプだったのだろう。

 こう言う場所で無為に時間を潰すのが、俺の子供の頃の常だった。どうせ学校では、他の人間と話を合わせる事は出来ない。家に居た所で、父親に愚痴られるだけだ。俺の存在を否定してそんなに楽しいかと反抗する気すら起こらなかった。
 世の中には下らん奴が多い。そして俺自身も下らん奴だ。俺など何時死んだ所で、誰も気に止めまい。
 自分の家に財産はそれなりにある事は子供ながら判っていた。しかし、父親は俺がそれを継ごうが継ぐまいが全くどうでもいいような振る舞いばかりしていた。形ばかりでも、俺に家督を継がせようとする姿勢を全く見せなかった。母親を狂わせた俺の存在が疎ましいのは判る。かと言って、俺を廃嫡して他に養子を迎えるなりして家督を絶やさないようにするような気概もなかった。
 母親が狂った段階で、あの父親も終わっていた。とりあえず肉体的には天寿をまっとう出来たのは、ひとえに蓄えがあったからだ。もっともその蓄えは、彼が若かりし頃に正当な手段と彼自身の才覚によってなし得た財産だ。使い道としては正当だろう。俺が食い潰すよりも。

 出来る限り父親の財産には手を付けたくなかったから、軍人になる事にした。ひとまず衣食住は保障される訳だし、その引き換えに命を失った所でどうとも思わん。実の親に自らを否定され続けた俺は、自分の命に価値を見出せないのかもしれない。
 一応俺は貴族の一人息子だったのだが、父親は俺の進路に対して全く口出しをしなかった。おそらくそのままどこかでのたれ死んでしまえと思っていたのだろうな。

 まあ、もし、父親の財産を好きに食い潰す事に全く抵抗がなかったとすれば、こんな風にいつまでも本に囲まれて一生を終えるのも一興だったかも知れんな。何の目標も見出せない人生だったのだから、俺がそんな風に書斎で死んだ所でどうにも変わらん。
 それでは、今はどう思っている?
 …ふむ。士官学校に行った事は正解だっただろう。少尉と言う位を手に入れたのは勿論だが、士官学校自体が俺の視野を広げてくれた。今までの学校と同様に誰かと馴れ合う事はなかったが、それでも「馴れ合っている連中」の見聞を広める事は出来た。
 そして、実際に軍人になってみると、これもまたそれなりに刺激がある。例えば……。

 ………今、俺の隣で平民が寝こけているという事態そのものが、俺が軍人やってなかったらありえん事だろうな。

 階級が同じだからとは言え、こんなにも近くに平民がいる。俺と同等の口調で喋る。それ自体が今までの俺にはあり得ない。
 …と言うか、俺は結構長い時間、こんな事を考えていると思うのだが…この男、何時まで寝ているつもりだろうか?うとうとしているのではなく、とうとう本気で眠りに就いてしまったか。
 まあいいか…1時間程度の仮眠を取らせてやるとするか。
 挿絵はこちら

 尉官時代に調べ物する双璧。
 のはずだが、真面目に書物読んでるロイエンタールの隣でうとうとするミッターマイヤー。

 やはりアウトドア派には辛いのか。図書館は季節問わずに程好い空調に手頃な枕が満載ですから、ちょっと疲れてる時に遊びに行くとこんな状況に陥りがちです。
 ロイエンタールは、隣で舟漕いでるのに気付いてもそのまま放っておきそうです。で、はっと目が覚めて謝る隣に「別に構わんよ」と大して気を回さないと。…そういう状況が浮かぶという事は、俺にSS書けと言う事か。

 コミスタの使い方間違えているような気がしますが、丸ペンツールがお気に入りになってきました。FAVOじゃなくてintuos使いのせいか、筆圧感知がシビアで楽しいな。
 折角漫画用のツールなんだから、今までも時々やってた1Pパロディポンチ絵位やってみようかなと思います。
 …何だかやろうやろう言ってる事ばかりで結局手をつけてない事の方が多いような気もします。反省。

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