大尉ふたり
 今回の地上戦も小競り合いに終始した。帝国軍と叛乱軍と、互いの兵力をそれなりに消耗し、戦線から引き上げる形となった。
 それでも帝国軍の我々としては、連中からある一定の拠点を奪還してみせたのだから、それなりの成果は挙がったと言えるのかも知れない。にしたって、これ程の犠牲を強いる程の戦いではなかったと思う。何より折角奪還した拠点を今後確保し続ける事が出来るかも判らん訳だ。この無能な上官共では。
 戦場から一旦後方のキャンプに戻り、戦闘に関わる事務処理を行った。それで数日潰してから、ようやく野戦病院に充てられた建物に見舞いに出向く事が出来た。
 このキャンプは戦線から遠い。そのために普通のビルを病院に充てる余裕があるだけ、他の戦場よりはマシなのかもしれない。医療物資も極端に不足すると言う状況ではなかった。もっとも、戦場では医療物資はいくらあっても不足するのが常ではある。

 怪我を負ったものの生きて還った部下達を見舞って労う。俺の部下となると下級貴族の次男三男と言った、予備役に入って命を護り続ける必要もない、言わば家からの捨て駒連中だ。
 それでも生きて還ればそれなりの名誉は約束されるし、何より戦果を上げたと言う手土産を携えて帰宅する事になる。これで晴れて兵役からはお役御免出来ると言う訳だ。そのためにほっとした顔が目立つような気もする。同じ下級貴族とは言え、俺とは立場が違うのだろう。「捨て駒」とは言え、それは跡継ぎである長男との差別化であり、本気で家から邪険に扱われている訳ではないのだろう。
 その後に俺は奴の病室を見舞ってやった。
 奴は俺の部下連中とは違い、きちんとした尉官であるはずだ。しかし部屋はそれ程綺麗ではないのはやはり平民なりの扱いという事か。それとも「平民のくせに個室を与えるだけ良しとしろ」と言う事なのだろうか。こいつがいたからこそあの拠点は奪還できたようなものなのに…俺には上が考える事が判らん。

「――しかし、軽傷で済んだのが不思議なものだと思うのだが」
「まあそうだな」
 本来なら今回の作戦の英雄として祭り上げられてもおかしくない傷病兵は、ベッドを起こして俺を見上げてきた。
 額の辺りに大きなガーゼが貼り付けられていたり、袖が捲り上げられた左上腕部には厚く包帯が巻かれている。それらには僅かに血が滲んでいた。ボタンが数個開けられてた襟元からは、包帯が覗いている。肩口の辺りから胸に掛けて包帯が当てられているのだろう。
 それなりに怪我をしているようだが、特に痛そうな素振りは見せない。そして俺も特に奴を心配するつもりはなかった。その辺にあったおそらくは診察用に使っているのであろう折り畳み式の椅子を引っ張って来て、ベッドサイドで開く。
「こんな下らん作戦で命張る事なかろう」
 折り畳み椅子は少々立て付けが悪く、開いた際にぎしぎしと音を立てる。しかしまあ、いきなり崩壊する事もないだろうと、俺は腰を下ろした。
「俺があの仕事をしなければ、俺の部下や卿の隊も突入出来なかっただろう?だからあれは俺の責務だよ」
 奴は事も無げにそう答える。無事な右手を軽く振りつつ俺に苦笑を向けた。左手は怪我もあるが、甲には点滴の針が突き刺さっている事もあり、自由には出来ない様子だ。
「しかし見ての通りだ。卿の功績など、上官殿は全く考慮しておらぬぞ」
「その分、突入を成功させた卿の功績になったなら、いいのではないのか?」
「おい」
 そんな事まであっさりと言うものではなかろうに。俺は溜息をつく。
 俺達が突入するのを手助けするために、撹乱役として遊撃手となったくせに。自分の部下には俺の小隊と同じように進撃するよう命令を出しておきながら、自分は別行動で狙撃手として重戦車の類を潰すなどと言う無謀な作戦を実行しておいて何を言う。
 …もっとも、それを見事にやり遂げているのだから、こいつの脳内では全くもって「無謀な作戦」ではなく実行可能な作戦であったのだろうが…最後には砲撃を喰らって崖ごと吹っ飛ばされた訳だ。
 こんな所であっさり死ぬような目に遭ってどうする。キャンプで再会した土まみれのこいつを見てそう思ったのも記憶に新しい。
 ともあれ、奴は言葉を続ける。淡々とした口調だった。
「――俺がやった事は派手だから悪目立ちするだけだ。軍隊としてなら、あのような乱戦なのに見事に部下を統率して敵の弱点を突き、不利な状況の中で拠点を陥落させた卿の能力こそが買われるべきだろう」
「そうかも知れぬが、卿も別の意味で武勲を立てたと言うべきだ。卿の部下は言うに及ばず、俺の部下にも卿に感銘を受けた奴はいる」
 …どうやらこの会話は平行線になってしまうようだ。俺はそれを自覚した。
 奴もその空気を感じ取ったらしく、右手で髪を掻き回した。これは奴の癖らしく、悩んだり会話に詰まったりするとこんな事をしでかすようだ。だからいつもこいつの髪は収まりがつかない。

「…まあこれで、卿は少佐に昇進出来るだろう」
 髪を掻き回した挙句に後ろ髪を掴んだまま、俯き加減に奴はそう言った。返す言葉に詰まった挙句に選んだ台詞がこれか。
「上官殿が俺を推薦して頂けるなら、な」
「卿ならそれは大丈夫だろう。――良かったな」
 清々しい笑みを浮かべて奴は俺を見上げた。どうしてこう、自分の事のように喜ぶ素振りを見せるのだろう。
「俺が昇進するなら、卿も昇進して然るべきだ」
 幾度目かの溜息の末に俺はまた同じような事を繰り返す。すると。
「…そうだなあ。俺も昇進するに越した事はないよな」
 後ろ髪を掻き上げつつ、そんな事を言い出したのだ。
 ああ、遂に奴にもそれなりの出世欲が出てきたのか。そう安堵したくもなった。が。
「俺が昇進しなきゃ、部下も昇進できないからなあ。これで除隊する奴が多いにせよ、出来る限り階級を上げて除隊した方が恩給もいいものな」
 ………そういう意味か。あくまでも自分はどうでもいいらしい。
 全く、俺だけ出世しても意味がないだろう。こいつと一緒に行動を取る事が多い以上、一緒に出世していきたいと思っている。どうせそのうちに配置転換などで別れは来るだろうが、それまでは一緒に戦って行きたい。
 …こいつと出会ってから時間はそこまで経ってないのだが、ここまで思い入れが出来るとは思わなかったがな。何せ俺は今まで友人など作った事がないのだから。俺にそんな資格があるのかすら、判らないのだから。

「――まあ、これで俺達も休暇になるかな」
 出世話にも飽いたらしい。奴はまた話の切り口を変えてきた。
「そうなるだろうな。除隊したい奴は除隊して、そうでない奴は休暇明けにオーディンの軍務省に顔を出してそこで次の命令を受ける事になるだろうな」
「そうか。また生きて還れて良かったよ」
 明るい表情でそんな事を口走る奴に対して、俺は眉が寄せられるのを自覚する。勇猛果敢なくせに自分を全く大切にしないこいつには、どうやら釘を刺しておくべきだ。
「…死にたくないなら、戦場でももう少し要領良く立ち回れ」
「別に死にたい訳じゃないぞ。只、部下や同僚を護るためになら俺の命は消費されてもいいと思っているだけだ。尉官の俺はそのためにいるんだ」
「だからそのような事を口走るなと言っているだろうが」
「何を腹を立てているのだ。判らぬ奴だな」
 どっちが判らぬ奴だ。ならば、俺も言ってやる。
「俺の命こそ、卿を護るためになら消費されてもいいと言う事だ」
 俺の台詞に対し、奴は軽く目を見開いた。意外な攻撃だったらしく、台詞が途切れる。軽く息を吸い、右手を振った。
「……おいおい。それは駄目だ」
 手を振り、眉を寄せて俯き加減に言う。話にならないと言いたげな態度。俺はそれを見て何故か苛々する。――元々苛付きを覚えてはいたが、それが増幅される。
「何故だ。卿が俺に言っている事を逆転させているだけではないか」
「俺は死んでもいいが、卿は死んでは駄目なんだよ」
「どういう論法だ。卿こそ訳が判らぬ」
「…あーもう。だからさあ…」
 奴は言いつつ髪を掻き回す。
 ……またしても議論は平行線を辿るようだ。

 ここまで会話が噛み合わない俺達は、果たして友人同士なのだろうか。
 そんな疑問を抱かないでもなかったが、会話自体に嫌気が差す訳ではない。むしろここまで会話を交わせる相手がいた事に、俺は自分ながら驚きを感じる。
 ともあれ、相手は仮にも怪我人である大尉殿である。久し振りに長々と話したものの、そろそろ傷に触ってくるかもしれない。奴の弁によると「怪我と言ってもそんなに酷くない。精密検査の結果が上がってきて異常なかったらさっさと復帰して、俺も事後処理やらなきゃな」との事だが…。
「――俺は仕事に戻る。卿も休め」
「ああ。検査結果が出たらまた忙しくなるのだろうしな。せいぜい骨休めとしゃれ込んでるよ」
 ベッドから動けない奴の求めに応じ、サイドテーブルの引き出しから薬を何錠か取り出してやる。抗生物質や鎮痛剤といった所か。それからテーブルの上に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。小振りのボトルの中身は半分程度になっており、既にぬるくなっている。
 全ての代物を手渡すと、奴は薬を開けてさっさと水で流し込む。この状況ではコップすらも部屋に備え付けられてないために、ボトルに口をつけてそのまま飲む事になるらしい。つくづく待遇が悪いように思えるが、それは戦時のためかそれともこいつが平民だからかは判らない。

「――そう言えばさ」
 口の中に含んだ薬を飲み干し、奴は自力でベッドのリクライニングを倒す。まだ中身が三分の一程入ったままのペットボトルはきちんと栓を締め、ベッドの端に転がしておく。どうやら自分の手が届く所に置いておきたいらしい。
「何だ」
 俺は奴に呼び止められたような気分で、結局椅子から立ち上がらない。――まあ、たかだか事務処理なのだから、そんなに急ぐ仕事でもない。怪我で暇を持て余しているであろう奴が望むなら、せいぜい薬が回って眠るまでの間なら、ここにいてやっても構わないと思った。
 すると、奴が俺を見上げて言った台詞は、とんでもない代物だった。
「卿の誕生日が、近いんだったよな」
「………は?」
 それは予想外の台詞であり、俺はおそらく唖然とした表情を奴に見せたに違いない。
 俺の誕生日が近いと言う話は虚偽ではなく、真実だ。今言われて、そう言えばそんな日もあったな、と思い出した。――つまり俺にとって誕生日などその程度であって、だから言い触らす事でもない訳で…なのに何故こいつが知っているのだ?
「いや、去年の誕生日の頃は全く知らなくてさ。俺の誕生日には卿に酒奢って貰ったりしてるのに」
「それは俺が好きでやっているのだから、別に構わんよ。――しかし何故、卿が俺の誕生日を知っている?」
「同じ任地だからな。軍属のデータベースには最小限のプロフィールが載ってるよ」
「…そうか」
 興味本位でデータベースを覗いた訳ではなく、おそらくは様々な調べ物のついでに俺の事も検索してみただけなのだろうとは思う。俺はまだしも、何気にこいつ自身も非干渉な奴だから。まあ戦死者の身元特定や遺族への連絡の必要もあるのだから、データベースにはその程度のデータが掲載されていてもおかしくあるまい。
「そういう訳だからさ。復帰したら俺が酒奢るよ」
「何を言っている。今度飲む時は、むしろ卿の退院祝いとして俺が奢るべきだろうが」
「いや、それでは意味がないよ」
「…あのな」
 またしても言い争いが勃発しそうな雰囲気になる。
 おそらくその雰囲気はお互い掴んでいるはずなのだが、何故か互いに引かないためにこうなってしまうのか…。と言うか、大体どうして俺が引かなくてはならないのか。こいつと会話していると、どうにもペースが狂う。

 俺は椅子を軽く蹴って立ち上がる。立て付けが悪かった椅子は軋みを上げた。溜息をつき、顔を振る。そのままベッドに横になっている奴を覗き込む格好になった。俺の行動に、奴はきょとんとした顔をして見上げた。
 ちらりと視線を合わせる。俺は手を伸ばし、奴の傍に転がっているペットボトルを手に取った。三分の一程度しか入っていないために、ベッドの上を転がる度に中身がうねる。水が入っている部分に触れると多少は冷たさを感じるが、それでもぬるくなってしまっている。気候は丁度いい惑星とは言え、室温で放置されていてはこうなっても当然か。
 ペットボトルの栓を開ける。俺は奴を見下ろして、ボトルを軽く掲げてやった。――まるで、乾杯の音頭を取るように。
 そして俺はボトルに口をつけ、そのまま全部飲み干した。
 短い声が下からしたが、気にしない事にする。俺は空になったボトルを再び掲げ「乾杯」と軽く言ってみせた。その後に本当の乾杯宜しくボトルを床に叩き付けてやろうかと思ったが、そこまでやるのも酷いかと思い、止めた。
「――…おい、俺は時折起きたついでに水分補給をしたい訳なんだが…」
「後で新しい奴を持ってきてやる。どうせ少ないし冷たくもなかった水だろうが」
 恨みがましい声がしたが、俺はそううそぶいた。俺の権限ならミネラルウォーターの一本程度簡単に確保出来るだろう。物資が完璧に不足しているキャンプならともかく、ここはそういう場所ではないのだから。
 俺は空になったボトルを片手にベッドの傍から離れる。さっさと寝ろと言い残してこの部屋から出ていくことにした。

 部屋から出て行く刹那、ありがとうと言い残そうかどうか迷ったが、結局止めた。
 一体何に対して礼を言っているのか、自分でも良く判らなかったからだ。
 誕生日自体――には有り得ないとして。誕生日を祝おうとしてくれた奴に?それとも、そういう行為に?或いは――俺に誕生日を思い出させてくれた事?…良く判らん。
 やはり俺は奴と話しているとペースが狂う。しかし、悪い気はしない。
 出来るなら、あいつが許してくれるなら。
 俺はこのままずっと、あいつと友人のままでい続けたいと思っていた。
 挿絵はこちら

 大尉時代の双璧。ちょっと殺伐としつつのんびり。
 実はロイエンタールお誕生日SSとして某所に初投稿してみようかと思って書き始めたのですが、結局投稿は止めました。何だか冗長になってしまったので、他人様のサイトに載せていただくようなモノとは言い難いよなーと感じたので。
 と言う訳で相変わらず引きこもりサイト絶賛続行中ですようわははははははは。

 多分この後、退院祝いとして酒飲んでる時にようやくエヴァの存在がロイエンタールにも知れます。そうなると「女いたのか!」と思いっきり引くんだろうなと思います。その辺も書いてみたいです。
 中尉の頃に知り合って、大尉の今で酷い戦闘をやったとなると。互いに「自分の命はどうでもいい、相手を生かしてやりたい」と思い始めてる頃なんだろうな、と思います。そういう話です。何だか言い争いしてるみたいですけど。

 つーか書き終わってからふと気付いたんですが、ぶっちゃけた話これ、間接キスしてる事になっちまいますか?
 …いや、酒瓶回し飲みみたいなノリでの行動ですから、当人達も全く意識はないだろうし、そういう描写のつもりだったので書いた俺も全く想定してませんでした。実際男って奴はそんなもん気にしないっすよねえ…周りに見てる奴がいて冷やかされるならともかく。

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