誕生日
 イゼルローン要塞は人工物の天体とは言え、その内部はさほど地上と変わらない。人工的な天体装置が働き、24時間をサイクルとして動く普通の人間の営みを助けている。街並みもオーディン辺りと何ら変わりはない。

「――また、卿はそのような代物を昼食にするのか?」
「別に…ある程度の栄養補給が出来れば何でもいいからな」
 官舎から離れて調査に当たっていた俺達だが、時間的にも仕事的にも丁度いい頃合になったので食事を摂る事とした。今日は官舎の食堂は勿論、民間の飲食店で食事が出来るかどうか判らない状況だったので、食事は持参していた訳だが…。
 …まだまだ数日の付き合いでしかないのだが、これは本当に中尉なのかと訊きたくなるほどに食事に全く拘りがない奴だった。考えてみたら俺の短い軍人生活の中で今まで、平民出身で士官をやってる奴と出会った事はないような気もする。成程、これが平民なのかと感じ入る。…果たしてこれを平民として一般化していいのだろうか。
「しかしそれらはあまり健康には良くはないとは思うが」
「しっかりとした食事は官舎に居る時に食堂行けば出来るよ」
 それは合理的な考え方ではある。しかし折角平時なのだから、せめて食事位楽しんではどうかとも思うのだが…戦時ともなればまともな食事など望めないのだから。

「卿も愛人のひとりやふたり作れば良かろう。頼みもせんのに弁当を作ってくれる物好きもいるぞ」
「…そういう問題ではなかろうに」
 俺がそういう話題を振ると、奴は明らかに鼻白んだ。それはいつもの事だった。
 一週間も付き合っていないのに既に「いつも」と言う表現になってしまうのは、俺がこのイゼルローンでも「漁色家」と言う評判を保っているからだった。それはこいつも聞き及んでいる事だったらしく、当初から俺を著しく偏見に満ちた目で見ていた。…いや、俺が女をそういう風に扱っているのは事実なのだから「偏見」ではないな。
「何故だ?卿は俺には及ばぬがかなりの器量持ちだし、性格は逆に俺よりも遥かに好感が持てる奴だ。その気になればこの要塞の女など掴み取りだ」
「…そんな気にはならぬよ」
 それは俺の正直な気持ちであったのに、こいつは非常につまらなそうな顔をして食事をしている。
 大体、夜には酒場で他のつまらん男共が女を引っ掛けているというのに、こいつだけはそれに参加する素振りを見せない。もしかして女が嫌いなのか、と思えば店員の女に対しては普通に優しく振舞う。訳の判らぬ奴だ。
「それはここが単なる駐屯地に過ぎないからか?」
「どういう意味だ」
「我々は任期が終わればいずれここから離れる。そういう場所だから、卿はここで女を作りたくはないのか?」
 グレーの瞳がちらりと俺を見上げる。どうやら図星に近い所だったようだ。
「下らん事を。別に遊びでも良かろうに。どうせ、ここの女共もそれ以上を期待してはおらぬ」
 奴は俺に答えることなく、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。
 俺に答える意味を見出せないようだ。まあ、こと女に関しては俺達は平行線だ。他の事に関してもまだそれ程言葉を交わした訳ではないのだが、とりあえず女の話題はするべきではないと――肝に銘じておくとしよう。
 それにしても堅物だ。これは、奴が平民だからとか、そういう問題ではなさそうだ。

「…そういえば」
 暫くの沈黙の後、今度は奴が口を開いた。どういう風の吹き回しかは判らないが、おそらくは女の話題ではないだろう。或いは奴にとっては不愉快な漁色の話のまま、この昼食を終わらせたくはなかったのかもしれない。
「俺はもうすぐ歳を取るのか…」
 それはかなり意表を突いた台詞だった。何だそれは。話題に困ったのだろうが…それこそ女相手に話題を繋ぐような話の種だ。ちょっと仕込めば案外こいつも女を落とすのに苦労はしないタイプになるのかもしれない。
「…卿は今何歳だ?」
「21歳だ。誕生日を迎えたら22になる」
「ほう」
 実は俺はこいつの事を何も知らない。だから歳も全く知らないまま数日間付き合ってきた。特に、軍では階級が全てであり、年齢の上下は全く意味を成さない。年下の上官が年上の部下を顎で使おうが全く気にならない、気にしてはならない世界だ。
 それにしても…中尉で21歳か。士官学校を出てすぐに昇進したという事か。俺と似たような経歴だ。しかし奴は平民であり、僅かではあるだろうが俺よりも苦労はあるだろうな。俺は下級とは言え貴族なのだから、そう言った部分では得をしている。
 組むに当たって個人的にひとまず一通りの事を試させて貰ったが、剣術も体術も長けているようだったし射撃も俺に匹敵した。そして一緒に調査に当たってみて、頭も切れる奴だと確認した。成程、出世して然るべき人材なのかもしれない。

 俺がそんな事を考えていると、奴が口を開いた。
「何だ?もっと歳を取っていると思っていたか?」
 既に弁当もペットボトルも空になっていて、机の上ではそれらをゴミとして片付けている。グレーの瞳が俺を悪戯っぽく見上げていた。どうやらこの手の扱いには慣れてしまっている様子だ。「平民如きが1年で中尉に昇進」なのだから、それを知った奴は色々と声を掛けてくるのだろう。…それが尊敬なのかやっかみなのか、俺は知らないが。
「…いや」
 俺は短く言う。それに対して奴はきょとんとした。意外な方向だったのだろう。俺はその表情を受け止め、少し笑って見せた。
「俺は、卿がまだ10代だと思っていたからな」
「…何だそれ」
「卿は歳相応の顔をしていない。初めて出会った時には、何故士官学校生が制服ではなく軍服を着ているのかと、真剣に問い質したくなったものだぞ」
「………ち」
 顔を歪めて、奴は髪を掻き上げた。そのまま上体が机に突っ伏す。鬱陶しそうな蜂蜜色の髪。そう掻き回すのが癖になっているから、前髪も後ろ髪も落ち着かないのではないかと思うのだが。
 それはそうと、こんな反応を見せるという事はやはり童顔である事を気にはしているのだろうか。まあ、替えようと思って替わるものでもあるまいに。諦めろ。

「おい。何時までも自分の容姿に悩むな。仕事に戻るぞ」
 俺の眼前で突っ伏したままの蜂蜜色の髪を眺めて、俺はそう言った。
 そう言いつつ――俺の口元が優しく緩んでいる事に、気付いた。
 何だこれは。俺は心から、笑みを零していたのか?そんな事は初めてではないか?何だってこんな――出会ってから数日しか付き合いのない奴と?
 …いや、大して付き合いがないからこそなのかもしれないな。俺がどんなに救い難い奴か知れば、きっとこいつも俺から離れていくだろう。こんなに俺とかけ離れた性格の持ち主なのだから。

 もしこいつが俺から離れないなら、俺はこいつを離したくはないのだろうか。
 自分の思考に対してそんな疑問が浮かんで来ない訳ではないが、奴も机に突っ伏す事に飽きたようだ。ひとまず仕事に戻るとするか。
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 あれ?何だか長くなっちゃったよ。
 出会った頃のロイエンタールとミッターマイヤー。まだまだ手探り状態ですよ。

 何つーか、ロイエンタールはミッターマイヤーを見て平民ギャップを感じまくりそうだなーと思ってるんで。士官スタートだから、同僚及び上官は基本的に貴族ばかりだろうし。また、貴族が溜まってそうな所にしか放り込まれてないだろうし。父方は帝国騎士と言う下級貴族にしか過ぎないが、母方はマールバッハ家という名門なんだろ?その血筋をちょっとは気にされてそうですよ。

 で、自分の中のミッターマイヤーは、少尉時に凄まじい戦いを経験して殺伐スイッチ入ってるんでこんな感じ。今回の任地は最前線とは言え難攻不落のイゼルローン要塞だから、ちょっとは気楽だけど。
 実家やエヴァと結婚した後ならともかく、こんな普段の時には食事に関して無頓着っぽいよなーとも思ってますよ。普通に飯喰える時には楽しむけど、弁当準備するのは面倒臭いと。でも栄養剤とかで我慢するのは戦時で充分なので、ある程度人間の飯は喰いたいらしい。
 だから(我々の時代で言う)コンビニ弁当とか買って、貴族生活で舌肥えてるロイエンタールにおいおいそれ続けたらまずいだろと思われる。
 ちなみにSSでは話の間が読めずに挿入出来なかったですが、ロイエンタールは愛人に弁当作って貰うにしても結局は毒見しながら喰ってるも同然だったりしますよ。彼にとって、女が作った料理を信用出来る訳ないですから。

 とりあえず、このSS時点ではロイエンタールはミッターマイヤーがどんな戦績上げて中尉になったか知りません。ミッターマイヤーの故郷にエヴァと言う女の子が居る事も、彼が彼女に一目惚れしている事もまだ知りません。
 ミッターマイヤーに至ってはロイエンタールの歳すら知らないままです。正直この任務のみの付き合いだと思ってるから、個人的な事には興味がない。腕を試し合った経験から実力はありそうだと思ってるから、1歳程度年上と読み切ってるかもなー大尉から降格しての中尉だなんて予想もしてませんから。

 …と言うか、メニューに「誕生日」なんてモノを書き加えた段階では、こんなSS書く予定じゃなかったですよ自分。軽い絵描いて、自分語りする予定だったんですよ。
 今日は俺自身が誕生日なんですよ。段々ポプランの心境が判る歳になってきましたよ。ああ15月36日に生まれたかった。
 昨日は休日だったので友人連中に何か奢れと強請るべく待ち合わせてみたら「おい顔色悪いから帰れ」と送り返された。鏡見たらロイエンタールどころかラインハルト並に、顔色が青通り越して白かったので寝込んでみました。鈴鹿に燃え過ぎたかなあ…夜勤明けで予選午前決勝午後と言うハードスケジュールに、そのインターバルにもセレモニーとか特番とかでCS見てたし。

 その自分の誕生日体験を踏まえて「自分語りに合わせて、怪我か何かで病院のベッドで点滴受けつつ憮然としているミッターマイヤーの絵を描こうとする」→「いやちょっと待てその絵は今考えてる別のネタと被ると気付き止める」→「健康に悪そうな感じなあ…ミッターマイヤーってコンビニ弁当でも気にせず喰いそうだなと考える」→「なら出会った頃の双璧ランチネタで行こう!と絵を描く」→「あれ?でもメニューでタイトル誕生日ってしてんじゃん。どう合わせるよと悩む」
 …で行き着いた先が、コレだ!どうにか合わせられたよ!
 ああ、おかげで今日は「被保護者と養子」にSS追加したりと、2本もSS書いてしまった。疲れた。

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