花束
「――今日もまた適当に頼む」
「了解致しました。閣下」

 …非常に面倒臭い。
 俺は花屋に寄る度、そう思う。

 俺とミッターマイヤーは10年来の親友で、暇を見つけては酒を酌み交わす間柄である。
 もっとも若く階級も低い頃ならいざ知らず、元帥号を戴く身となってしまった今ではなかなかそんな機会を得られない。互いの業務が多忙を極め、休暇も不定期になりつつあるからだ。むしろ戦時であれば同じ戦場に立つ事が多いのだが、こう平和な日常にあってはなかなか上手く行かない。
 副官同士も懇意にしている事もあり、ベルゲングリューンもあちらのビューローも俺達の事を少しは気にはしているようだ。しかし俺にしてみたらこれは私的な事であり、こんな事で副官の手を煩わせるつもりはない。奴と会うためにスケジュールの調整などするのは馬鹿げていると思うし、おそらくは奴の方もそう考えているのだろう。

 結果的に平時となると、俺達は親友めいた事はあまり出来ない。視察や演習などから帰還してそれらの書類を決裁して、ふと時間的に余裕が出来た段階で相手の執務室に連絡を取ってみる。それでも大抵は副官のビューローが申し訳なさそうに上官の不在を告げるのだが。
 また逆の事柄もたまにあるようで、俺が帰還した際にベルゲングリューンがこれまた俺に頭を下げながら奴からの訪問があった旨が伝えられたりもする。
 俺達は軍人としては頂点を極めたようなものだが、その分個人的な時間を犠牲にしているという事か。世の中は本当に上手く行かない。

 今日は、珍しく双方の予定が空いた状態なのだ。俺の方は午前中で書類の決裁が終了し、ベルゲングリューンから「急ぎの予定はございませんから、本日は帰宅されてお休みになられてはいかがでしょうか」と勧められた。
 俺としても、彼の勧めにはありがたく従う事にした。ここ最近働き詰めで休日もろくに取れていなかったし、何より上司が全く休暇を取らない状況では部下もなかなか休みを取れないと言うのが人情だろう。どうもその辺りを理解し得ない人間も幕僚には多いようだが。…我が皇帝自身がその手の性質をお持ちなのだから、部下たる幕僚がそうなるのも当然なのやも知れんな。

 その後、例によってあまり期待せずにミッターマイヤーの執務室に連絡を入れた。するとビューローが応答し「ミッターマイヤー元帥閣下は御自宅です」と言い出したのだ。
 …只の休暇であれば俺にも連絡を入れるだろう。しかし今日に限ってそれがなかった。
 何かあったのか、とビューローに問えば、どうやら体調を崩したとの事だった。――本日は元帥が出勤せずとも大丈夫ですから、大事を取ってお休み下さい。彼の弁を引用すると、そういう事らしい。
 それ程酷いものではなく、単に疲れから発熱したとかその程度の状態なのだろう。それにしても、体調管理も満足に出来んのか奴は。大方、副官以下の幕僚を上手く使わずに自分で様々な作業を行っていたに相違なかろう。

 まあ、奥方がいるのだから、大人しく寝ているとは思うがな。
 しかし俺が見舞いに行って悪い理由はあるまい。

 …で、このような面倒臭い目に遭っている訳なのだがな。

 入院したならともかく、たかだか熱出して臥せっている程度で見舞いの花束など贈るつもりはさらさらない。むしろワインの1本でも差し入れてやるつもりだ。流石に酒盛りは出来んだろうから、ミニボトルにするが。
 俺がこうして花屋に寄っているのは、奥方のためだ。女性がいる家(しかも夫を俺の勝手で借りる訳だ)に対する礼儀だ。
 良く判らんが、女と言う奴は花束を貰うと嬉しいらしい。もっとも、俺は滅多な事では花束など贈らんが。良く考えてみると、俺が花束を贈り続けている女性とは、あの奥方に他ならないのではないか?
 いや、あくまでも「礼儀」に過ぎんのだが。

 それに、若い頃も奴が俺の官舎や屋敷に飲みに来る事の方が多かった。俺が奴の家に出向く事など数ヶ月に1回あればいい方だった。
 何せ俺は、ああ言った「家庭」とやらが酷く苦手だ。良き夫とそれを支える良き妻の優しい家庭。彼らは確かに良き夫婦だ。あのような夫婦になかなか「幸せ」が訪れないとは、運命とは皮肉なものだと思う。
 しかし俺は、苦手なのだ。俺が幼い頃に得られなかった代物を見せ付けられているような気さえする。勿論親友にもその妻にも、そんなつもりはさらさらないのだが。

 この花屋は馴染みであり、俺の事情も汲んでくれている。
 俺は漁色家としてこのオーディンで名を馳せているが、花束を愛人連中に贈る事は全くない事。花束は親友の奥方に贈るために買うという事。彼女に花束を渡す行為は「礼儀」に他ならず、例えば妙な下心など全くない事――花を見繕って貰うにあたって、そう言った事情をいちいち説明せずに済む。

 今日もまたある程度の花束を作って貰い、俺はそれを手にして店を後にする。花言葉などの知識は殆ど持ってはいないが(それでも求婚時に黄薔薇の花束はあり得ないだろうと言う事は一般常識だと思う)、この店で準備されたものならば落ち度はないだろう。
 これを奥方に手渡して形ばかりの挨拶を行ってから、寝室で寝込んでいるであろう奴を見舞ってやるか。あまり長居しては奥方が苦笑しつつあまり良い顔を見せないだろうが…ワインを1,2杯交わすだけでも、今の俺達には貴重な時間だと思っていた。

 そういえば、フェザーンに遷都する事となったのだな。とすると、この花屋ともお別れか。
 単なる駐留なら良かったのだが、遷都ともなれば軍務や行政に関わる人間が一斉に移住する事となる。そうなればその家族も大挙して移住する事となるだろう。
 奥方もフェザーンに移住するとなると、また花屋の選別からやり直しか。俺達幕僚の仕事が落ち着くまで家族の移住はなかろうから、それまでにはいい花屋を見つけておくとしよう。

 何故女如きのために、俺がそこまで礼儀に拘らねばならんのだ。
 そう思わないでもないが、やはり俺は親友の妻を無下に扱う事で親友に嫌われたくはないのだろう。
 挿絵はこちら

 ロイエンタール元帥の、ぶっちゃけて「愚痴」。

 漁色家ではあるけれど、おそらく女性相手にプレゼントなんて渡した事ないんだろうなこの人。だって女引き止める気が全くない訳だし。そもそも女オトす気すらない、勝手に落ちた女を抱いてるだけな訳だしさ。
 だから、彼から花束貰ってるのって、エヴァだけだと思うんですよ。それも、延々と。
 他の女には「花束を渡す」と言う礼儀を守るつもりは全くないのに、彼女に対しては礼儀を遵守する。それは夫であるミッターマイヤーに対する矜持なんだろうけど、それにしたって「女なんて馬鹿な生き物」なんて思ってるロイエンタールにしてみたらすげーいい扱いだ。

 「女には花束渡しておけばいいんだ」みたいな基本は理解してるんで、多分ミッターマイヤーの求婚アドバイスはロイエンタールがやったんではないかね。
 全く知識がないミッターマイヤーが一念発起してロイエンタールに相談して「阿呆か」と言いつつ「花束でも渡してやれ」とか。
 …それでも、まさか、黄薔薇の花束なんか渡すとは思わなかったんだろうなあ…。そもそも店主にどんな説明すれば黄薔薇の花束なんか作って貰えるんだよ…漫画版では店主の勘違いだったみたいだけど。
 その辺のSSも書いてみたら面白いかもしれないな。手垢がついたネタかも知れんが。

 で、ミッターマイヤーが20代童顔にしか描けない悩みの他に、ロイエンタールが女顔になると言う悩みも発生してきました。
 後、白黒絵ばかりなので試しに前から塗りたいと思ってた絵(ちなみに「正帝・副帝」)を写真屋でラフに塗ってたら、何でか知らんが肌塗るにあたって土気色っぽい色ばかり選択してたので止めてレイヤー捨ててみたり。その色指定は致命傷負ってからだ何やってる俺。元々ロイエンタールは顔色良くないイメージがあるのですが、原作にはそんな事書いてないもんな。

 それはともかく、彼は基本的に母親似みたいなので(アニメ版のレオノラのデザインすげーな)、女顔でもいいのかもしれない。
 …容姿が母親似ってのもまた、彼のコンプレックスの一端を担ってたんだろうなあと最近思う。彼が生まれながらにして金銀妖瞳である事で、狂ったのは母親のみ。父親は結局妻が狂った理由は知らない(んだよな確か)。その妻に似ている顔だからこそ、延々彼に「お前など生まれてこなければ良かったのだ」と言い続けたのだろう。
 母親似だからこその美貌に女性が寄り付いても「この顔のどこがいいのだ」と思ってみたりするんだろうな。そう思うと、割り切れない人生です。物心ついた頃から自分と言う存在意義を完全に否定され続けていたのに、よくもまあ人格が完全に破綻しなかったなと思います。
 漁色家って時点で破綻はあるけど、それでも他者への攻撃性はその程度。むしろやってるのは自分で自分を否定し続ける自傷行為か。
 そんな彼がミッターマイヤーと出会った事は、彼にとって救いであったと同時に、そのために生を享けたと言っても過言ではないと思います。欠けたピースが合わさったようなモノなんだろうな。

 人生を共有できる人間ってのは、どこかにいるもんなんだよ。きっと。
 それは異性とは限らない訳で。恋愛感情を抱かなきゃいけないという決まりもない訳で。

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