俺は、別になりたくて軍人になった訳ではない。
親父が勧めたように普通の職人を目指した所で、現在の世の中ではそのうちに徴兵されて戦場に送られる。そんな事はあの時の無学な俺でも、実体験として理解していた。そうなる位なら最初から軍人になって、戦場での自分の選択肢を少しでも広げておきたかった。それだけのために士官学校を受験して合格し、今まで士官候補生として学んできた。
士官学校を卒業し、少尉の地位を得て初の実戦だった。
在学中にも、現地実習として戦場へ連れ出される事もあったが、それはあくまでもお客さんとして扱われた。実際問題として、現場だって半人前を上手く使える訳がないからだ。それでも、見ているだけの半人前にも戦場の苛烈さは良く判ったつもりだった。
そして俺は初陣から生還した。
装甲服に守られているおかげか、大した怪我はしていない。頭を戦斧が掠めようがちょっとした流血で終わっているし、避けきれなかった一撃を柄と腕で代わりに受け止めたとしても打撲で済んでいる。
途中で自分の戦斧が折れたので、その辺に転がっている奴を拾ってまた戦った。返却しようにもどうせ持ち主は先にヴァルハラ送りになってしまっているのだろう。
何度かそれを繰り返したが、敵の獲物だったのか味方の獲物だったのか、全く判らないままだった。何にせよ装甲服共々俺の命を救ってくれた事には違いない。
あんまり派手に戦い過ぎたので、味方に回収された頃には指が馬鹿になっていた。力が入らないし、片手は暫く痛いままだろう。
俺の所属していた部隊はほぼ全滅したらしい。「らしい」と言うしかないのは、隊長が行方不明になっている状況なので自分の立場を正確に説明してくれる人間が居ないのだ。
まあ、あんな乱戦になっては、他の仲間の生にも大して希望は持っていない。その証拠に、俺の姿を見た将官が「あの戦闘で生き残り、しかも五体満足なのか」と驚いている。てっきり全滅したものと思っていたのだろう。
彼は満足げに笑い、俺の肩を叩いた。
「これなら中尉に昇進できるだろう」
そう言ってくれた。生き残った人間が少ない以上、おそらくはそれは真実になるだろう。
俺は儀礼的に敬礼を行い、言葉を交わした。
それが本音ではないにせよ。
誰があれだけの人間をヴァルハラ送りにしたと思っているのだ。
上官の作戦の拙さ、或いは自己保身のためだろう?
もっと効率的な作戦の元で人員を投入したなら、これ程の犠牲はなかったはずだ。何故それが判らないのだ。
生き残って嬉しいはずなのに、苛立ちしか感じない。これで生きて自分の家に、愛しい人々の元に帰れるはずなのに、満足感が殆どない。
「自分の選択肢を広げるために士官学校へ行った」――その結果がこれか?
確かに選択肢は確実に広がっている。普通に徴兵されて一兵卒で最前線に送られていたなら、あっさり死んでいただろう。ある程度階級を上げてから戦場に向かった、その判断は間違っては居ないと今も思っている。
しかし、同じように士官学校卒の仲間も多かったはずなのに、殆どがあっさり死んでしまったのか。階級が上になれば戦場を選べない事もないが、一旦激戦区に放り込まれたら、一兵卒だろうが下士官だろうが同じ事だ。
普通に叛乱軍と戦って、力及ばず死ぬのなら仕方のない事だ。この戦乱の世の中において、戦死など大して珍しくもない。大切な人達が悲しむ顔を想像するとやりきれない思いはあるが。
が、しかし、無能な上官のせいで死ぬのは、本望とは言い切れない。
…かといって、俺が人の上に立つ器であるなど思えないのだがな。
実際問題として、軍は階級が全てだとは言え、その階級の上を占めるのは貴族連中だ。平民の俺が出世したとしてもどこまで行けるというのか。
せいぜい、俺に出来る事は、どんな状況でも生き残っていく事だけだ。そうしなければ道は開けない。
道が開けたとして、どんな未来が待ち構えているとも知れないが。
何時まで死なずにいられるか――そんな事を考えてしまう初戦だった。
挿絵はこちら。
殺伐ミッターマイヤー少尉。
ロイエンタールに関しては「重傷負った事は今までにない」と致命傷負った時に明記されていたので、大した怪我をした事はないんでしょう。
対してミッターマイヤーは結構どたばたしてたんじゃないでしょうか。平民だしな。
言っちゃあ何だが、平民如きが上の予想に反して生き残り続けて階級も上げていってるから、気付いた時にはいい道具になってそうですよ。部下思いで士気は高めてくれるし、上は彼らが死んでも特に気にしない。便利な道具だ。
ロイエンタールと知り合って共同作戦取り始めても、結局は危ない方はミッターマイヤー隊が受け持たされそうだ。ミッターマイヤーは「まあ卿と較べて俺では仕方ないよな。部下達も含めて生きて帰ってこられる事を祈るよ」と普通に出撃準備して、ロイエンタールはそういう状況に追い込む上層部に対して苛立ちを感じたりして、結果的に出世欲が増してきたりな。
ミッターマイヤーは特に出世欲がないまま帝国元帥になってしまった感があります。
おそらくは平民を使い捨ての駒としか思っていない上官に与えられる死地での作戦に苛立ちを感じながらも、自分ではどうにも出来ないと思ってたんじゃないかなあと脳内補完中。先のことよりはまず目の前の戦場で生き残る事を、部下を出来る限り生き残らせる事を考えるのが先決だ。そういう状況だろう。
白兵戦を率いるのではなく、艦隊運用出来るようになってから、初めて「先」を見据えたんではないかと。
ではそういう状況に追い込んだのは誰かといえば、紛れもない自分なんですよね。
「徴兵されたらどうせ同じだ」とか言う動機でしたが、徴兵されて何とか生き残ったら自分の生活に戻る事も可能だろう。
しかし最初から軍人選んだ限り、ずっと戦い続けなくてはならない。軍以外に生活の基盤を築いている訳でもないから、退役しても潰しが利かんだろう。同盟みたいに「ある程度任官してから退役して年金貰おう」みたいな不届きな考え方を抱けるような社会福祉が整ってるとも思えない。
「生きるためには戦うしかない」と、そういう風にしたのは自分。だから、ミッターマイヤーってヤン以上に自己矛盾抱えてしまってると思うんだよな。かと言って出世欲で自己肯定出来るような状況でもないと。生きるためにはもう、只戦い続けるしかない。どこかで死んだら、それで終わり。自分の命はその程度の価値だと割り切れ。
…うわー。想像していったら、すげー殺伐になっちまったー。
そういう戦場での彼の殺伐さを知らない人間が「帰るべき場所」にいるのも救いだし、殺伐さを知りつつ頼れる仲間がいるというのも救いだよな。どちらが欠けても、凄く荒んだキャラクターになってしまってるような気がします。将官クラスに上がってから登場する原作ではあんなにも癒し系になってますが、そういうことなんではないかと。ご都合主義だな我ながら。
何とか帰還して部下の頭数確認して「これだけ帰投させた」と安堵するやら「全員はやはり無理だったか」と嘆く。ふと周り見たらロイエンタールも無事生き残っていてふたりで喜び合って後に酒飲んで暢気にやる。
戦闘が一段楽したので自宅に戻れるようになり大して意味を見出せない昇進も決まる。包帯などを巻いたまま帰宅してエヴァに「またお怪我なさいましたの?」と訊かれても深くは語らず只傍に居たがる。
そんなに長くはないであろう自分の一生を諦観しながら、安らげる時はひたすら安らいでみる。将官以前はそんな人で在ってみて下さい。
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