フレデリカとユリアン
「――料理にコツってあるのかしら?」
 イゼルローンのとある日。
 フレデリカさんは僕にそんな事を訊いてきた。その表情は真剣そのもので、まるで軍務の話をする時のようだった。
「…コツ、ですか」
 あまりにも漠然とした質問だったので、僕はオウム返しに答えてしまう。僕は確かにヤン提督のために料理を作って差し上げてるけど、大して苦労してる覚えはない。
 そりゃあ買ってきた料理の本や、TV番組なんかで見かけた「美味しそうで個人宅でも作れそうな料理」をホームコンピューターにまとめて列挙したりしてるけど。別にそれらの作業は僕にとって大変とは言えない。世の主婦の皆さんにしてみたらそんなデータ入力する手間は大変かもしれないけど、それに代わって彼女らはおそらく自分の腕で料理を覚えているのだろうし…。
 多分、フレデリカさんにとって、料理のレシピをホームコンピューターにまとめ上げる事は容易い作業だと思うのだ。しかし、その後は果たしてどうなのだろう?

 僕は困ってしまった挙句にこう答える。
「僕はレシピ通りに料理しているだけですよ」
「…私だって料理の本見ながら作るんだけど」
 そうすると、フレデリカさんの表情が微妙なものになってしまう。どうやら僕はまずい事を言ってしまったようだ。…うーん。常々彼女自身が告白している事だけど、そんなに自覚があるほど酷い事になるのかなあ。僕には良く判らない。
「料理の本見ながら料理しているんでしょう?何を悩む所があるんですか」
「資料があるから作業が完璧に出来ると言うなら、皆がキャゼルヌ少将になれるわよ」
 その切り返しは適当ではないような気がしたが、僕が何を言っても駄目なような気もした。それに、軍務においてキャゼルヌ少将はスペシャリストであり、料理人に喩えたらそれこそ三ツ星シェフだろう。いくら彼が1週間休んだ時に代理の人間達が軍務を滞らせたと言っても、その彼らだってキャゼルヌ少将の部下なのだから、せめてプロの料理人として店を開ける程度の能力の持ち主だと思うし…。
 …僕ももうちょっと事務方の勉強をやらなきゃな。最近はスパルタニアンや白兵戦の訓練ばかりやってて、文官としての修行をすっかり忘れていた。もっと色々な事を身につけなきゃ、ヤン提督のお役には立てない。
 そんな風に僕が思考の迷宮に迷い込んでいると。
「ユリアン、今度の休日にでも私に料理を教えてくれない?」
「…僕がですか?」
「ええ」
 意外な申し出だった。何故年少の、男である僕にそんな事を言うのだろう。
 イゼルローンは要塞とは言え、軍人の家族も居住している。そのため日常生活が営むだけの施設は整っている訳で、その中には市井の料理教室だって存在するだろう。そこに通えばいいだろうにとも思うし、わざわざそのような教室に通うまでもない(或いは、恥ずかしい?)と思ってるにせよ、僕よりも相応しい先生は居るはずだ。年上の女性で主婦で、料理の腕前は僕以上の…キャゼルヌ少将の奥様とか。
 僕はそんな風に候補先を挙げてみたのだが、彼女は首を横に振るだけだった。何故なんだろう?そう思っていたら。

「………だって、ユリアンなら、ヤン提督の好みも承知しているでしょう?」

 ――ああ。成程。そういう事か。
 何だか恥ずかしそうにその台詞を言ったフレデリカさんの顔を見やって、僕は得心した。…って、僕より年上の女性に対して何を感じているんだか。
 そういう理由なら仕方ない話か。僕の腕前で満足して貰えるなら、お安い御用です。――と行きたい所だけど、果たしてフレデリカさんが常々自覚している、彼女自身の「料理の腕」ってどんなものなんだろう?そこまで酷いんだろうか?
 …深く考えないまま、僕はその日を迎えようと思った。
 挿絵はこちら

 誰ですかこの姉妹は。

 フレデリカとユリアン。この絵には後程SSも付けたいと思います。

 ヤン提督の誕生日か何かでお料理するフレデリカさん。その指導に当たるユリアン。お互いに色々な意味でどっきどきな状況ですよ。
 デリカさんの料理の腕には信じ難いモノがあるのですが…アイリッシュシチューを作っていて炭化物に変えるって、どんな状況だ。鍋焦がしたのか?
 知識はあってもそれを生かす腕に致命的なモノがあるんでしょうな。言うならばセージ技能が高いくせにコック技能がない、いやむしろコック技能がバツ技能であると(註:TRPGの「ソードワールドRPG」並びに「ドラゴンハーフRPG」知らなきゃ理解できないネタ)。
 それこそ計量とかはきっちりやって、まるで化学実験みたいなノリになるんかなあ。


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